第2話 洗礼

 「久志、早く行こう!遅れちゃうよ!」

 「ごめんごめん。急ぐわ!」

 南場君に急かされながら慌てて着替えた。今日から部活動の体験入部期間のためである。

 僕は小学生の頃から野球を始め、中学では一応レギュラーで試合には出れていた。とは言っても、中学は地区の弱小校だからという側面もあるが。

 小走りでグラウンドに向かうと、先輩方はあらかた出揃っており、ちらほら同級生らしきグループもいた。

 程なくしてアップのランニングが始まった。最初の方は声出しも足並も揃っていたが、ベンチから遠ざかっていくにつれてその声出しや足並が疎らになってきた。またベンチに近づくにつれてからは嘘のように綺麗に揃い始めた。

 僕の進学した高校の野球部は公立校で、県大会には出れないレベルの強さだ。とは言っても、一回戦は勝つぐらいなので、弱小校とも言えない中途半端なレベルである。まあ、家から近いからという安易な理由で進学した自分が言えた義理ではないのだが。

 その後、ヌルッとアップが進み、キャッチボールが始まった。

 僕は南場君とペアで行った。南場君は鋭いボールを次々と投げ込んできたが、僕はペチペチと緩いボールを投げ込んだ。僕の課題は致命的な弱肩であることだ。弱肩であるが故に一塁手しか出来ない。一般的に一塁手は長打力のある好打者が入ることが多いが、僕の場合は中距離打者である。中学は弱小校であるが故に試合に出れていたが、この弱肩では強豪校では難しいと判断して諦めた。

 「久志しっかりー!」

 南場がニヤニヤしながら声を張り上げていた。ヤラシイ奴だぜ。

 キャッチボールを終えると、シートバッティングが始まった。新入生は外野後方で専ら球拾いである。

 カキーンと金属音が響くが、僕の方に打球は飛んでこない。最初のうちは一球ずつ構えていたが、余りにも出番が無いためいつの間にかグラウンドの外を眺めていた。学校の敷地周りを陸上部の女子達が走り抜けていた。日焼けで浅黒い肌に夕陽が反射して、一層輝きを放っていた。

 見惚れていると、外野ーと大声が耳に入って来た。目線を向けると大飛球が頭上を通過しようとしていた。慌てて打球の行方を追いかけたが、僕の遥か後ろに抜けていった。

 ゆっくりと球を拾い上げ、返球しようとしたが、既に片付けが始まっていた。

 ノックでは、只管ボールボーイに徹した。一塁と本塁の間で一塁手からのトスを受け、本塁に返す動きを繰り返した。考える暇も無いくらい繰り返したので、終わる頃にはすっかりヘトヘトになっていた。

 練習の締め括りに、ベースランニングに混ぜてもらった。

 ヘトヘトだが折角のアピールチャンスだったので、懸命に走った。しかし、途中で足が鉛のように重くなった。尚も足を動かしたが、最後はスピードが緩んでしまった。

 「しんどいだろけど抜いたらダメだぞ。もっかい走れ。」

 内心ゲンナリしたが、キャプテンの言うことには逆らえない。

 少ない力を振り絞って走った。足が千切れてもいい覚悟で。

 気が付いたらホームベースを通過していた。

 気持ちが伝わったのか、先輩方が拍手で迎えてくれた。何とか此処で頑張ろう。そんな決意を持ちながら、重い足を引き摺りながら帰路についた。

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