イチャイチャすんなよ!
夏休み間近の七月。私は期末テスト返しが続き憂鬱となっていた。
私は大抵平均点前後の得点で、それが私の実力だとわかっていたから文句は言わない。ただ双子の兄である
遼は三百人中の一桁ランカー。その遼に教わってこの成績なのかと思うと理解力のなさにただ呆れる。
しかしそれも一週間ほどだ。私はそういうのを引っ張らない前向きの人間なのだ。
――などと考えて思わず
「いつも笑顔が素敵ね――
声の主は
「英会話」の授業は別にあってネイティブの先生が担当していたから「英語会話文」は週に一度だけある特殊な授業だった。
「あ、すみません、先生」私はバカみたいに独り笑いしていたことを恥じて謝ってしまった。
白砂先生は不思議そうな顔をしている。
さらさらのロングヘアーは黒髪だが光を浴びて銀色に輝くくらい細く繊細で私はいつも憧れている。ふだんアップにして
授業がない日なのだろう。授業がなくても出勤して何やら仕事があるのだと私は同情した。
しかし相変わらず異世界人みたいだ。美しすぎる。あの遼が御堂藤で二番目の美人教師だと絶賛するくらい。
「先生、図書室ですか?」私は訊いていた。
実は私も
遼は長い休み時間にはたいてい図書室にいる。
「ええ、そうよ。香月さんも?」
「遼がいるかと思って」
「まあ羨ましい。お邪魔しないようにしないとね」
「そんな別に用があるわけではないですよ」私は笑った。
邪魔になるのはむしろ私の方だ。遼と白砂先生が図書室で会ってお喋りするのを私は知っている。それを「
何にせよ知らないというのは幸せなことだ。
私と白砂先生が図書室に入ると遼が閲覧室のテーブルの隅に腰かけて眠そうな顔で本を読んでいた。
眠いのなら寝ろよ。本好きというのは眠くても読む生き物らしい。
そんな遼だったが私たちが近寄るとすぐに目を開けた。その眼は白砂先生に向けられる。
いや、確かに目が覚めるような美人だ。しかしあからさま過ぎだろ。
私は遼にジト目を向け「白砂先生を連れてきたよ」と言った。
「ああ、悪い――」
遼はブレイクタイムを楽しむつもりだ。白砂先生はコーヒーか!
白砂先生は少し赤い顔をしていた。
「――今日は授業がない日なのですね」遼は白砂先生に言った。
「わかるのね?」
「おみ足を出しておられる」
「恐れ入ったわ」
いやわかりやすいのですけれど。
白砂先生は膝を
それ以上無理だと思います。恥ずかしいのならミニスカートを穿かなければ良いのです。
「すっかり目が覚めました。ありがとうございます」
私は遼の頭をはたいた。
「痛いな」
「見すぎ」
私は遼の隣に腰かけた。
向かい側に白砂先生が腰かけ、遼の視界から白砂先生の脚は消えた。
――って白砂先生、何も考えずに遼の向かい側に座ったのね。
閲覧室にいたすべての生徒が見ているのだけれど。注目されているわ。
「先生、夏休みはどうされるのです?」遼は白砂先生の前では
「特に予定はないわ。といっても登校している日の方が多くて休みはそれほどないのよ。お盆休みくらいかしら」
「仕事があるのですか?」
「ほとんど雑用みたいなものだけれどね」
どうせ部活動の顧問代理でもさせられているのだろう。
部活動は毎日何かしら行われている。顧問は毎日誰かしら休んでいる。代理は毎日必要だ。部活連助っ人団にいる私にはよくわかる。白砂先生は顧問助っ人団だ。
「こいつが部活
「それは楽しみね」
「出勤日を教えていただけないでしょうか?」
白砂先生はスマホを取り出した。「送信しておくわ」
いつの間にフレンドになった? 良いのか? そんなことをして。教師と生徒だぞ。
「今、手元にないので後で確認します」
スマホは校内使用禁止だからロッカーにでも入れているのだろう。
私はこっそり持ち歩いたりしている。遼はそういうところが真面目だ。いや、単にスマホで連絡をとる相手がいないだけだ。
「先生は」遼がまた訊いた。「――
「なあに? それ」可愛くのばさないで、先生。
「
「私のような新米に声がかかるとは思えないわ」
「そうですか、残念です」今、白砂先生の水着を思い浮かべただろう。このドスケベが。
プールに入れるらしいから水着を用意するように言われている。
買わなきゃいけないな。誰と買いに行こうか。
遼も買わなければいけないだろうから遼と一緒に行くことになるのかな。
またいろいろいちゃもんをつけられそうだ。
私が一人考えていたら遼と白砂先生はすっかり二人の世界になってしまった。
私はここでは異物のようだ。遼のシスコンムーブも白砂レイナ先生がいては作動しない。
やきもちってこういう感覚なのかな。遼と私はふたごの兄妹だけれど。
私はすっかりその場を離れるタイミングを見失っていた――――。
ほんとうに――もう――イチャイチャすんなよ!
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