俺も行く
たまには一緒に帰ろうと思って私は図書室を訪れた。
そこに
本を探す手伝いをしているのだ。それが単に遼と話がしたいがための行為だと遼は認識していない。
当番になっている図書委員が他にいるというのにわざわざ遼に声をかけるのだからいい加減気づけと言いたい。
私はしばらく見守っているつもりだったが遼の方が私を見つけ、私の方を向いたものだから中等部の女子二人は丁重に頭を下げて礼を言い逃げるようにして去っていった。
遼と私が双子の兄妹であることは全校に知られている。しかしどうも私たちは彼氏彼女の間柄のように見なされる。決して邪魔をしてはいけない間柄。まあそれでお互い虫がつかなくて助かっているのだけれど。
「なんだ、今日は何もないのか?」遼は私に訊く。
毎日どこかの部活の助っ人をしているからこんな早い時間帯に私がここにいるのを不思議に思ったのだろう。
「何もない日だってあるわよ」
私は何気なく鞄をテーブルにおいた。すると遼もまた背中の鞄をおろして椅子の一つに腰かけた。
私はその流れで遼の隣に腰を下ろした。何か話があるわけでもあるまい。話ならうちに帰ってからいくらでもできる。
「疲れたのね?」私は片眉をつり上げて笑った。
「――つい座ってしまったよ」
立とうとする遼をとどめて私は言った。「――立ちっぱなしだったんだね」
体を動かさないから立ち話で後輩の相手をして疲れたのだろう。
「さっき
「それって夏休みに
「俺、別に東矢の身近ではないのだけれど」
「同じクラスだからでしょ。良かったじゃない。うらやましいよ」
「行かないけどな」
「え? 行かないの? 何で? みんな行きたがるのに」
「誰が行きたがるんだ?」
「だってタダ同然で別荘地に行ってみんなでワイワイやるんだよ」と言って私は口を噤んだ。
遼はみんなでワイワイする人間ではない。ボッチの引きこもりだ。
私は憐れむ目を遼に向けていた。
「二泊もお前をひとりにさせられないだろ」え、そんな理由?
シスコンなのはわかっていたがそれほどまでに私が可愛いのか?
私は何だかにやけてきた。
「ひとりじゃ何もできないだろ。飯は買ってくるにしても洗濯や洗い物もしないで服は脱ぎっぱなしにしてヘソ出して寝ている絵が浮かぶ」
「誰がよ!」ひどすぎる。そこまでポンコツではない。
「私も誰かの家に泊めてもらうから」
「ん?誰のところだ?」
「
「ほんとうか?」
ひどいな、これは。パパ以上に父親やっているじゃん。私は呆れた。
「――とにかく俺は行かない。家にいるからな」自宅警備員だよ。
その時、その場の空気が変わった。
ひそかに私たちを観賞していた生徒たちが一斉に入口に目を向ける。
つられて見た先に
容姿だけは美形だ。何となく薔薇の花が周囲に咲き乱れている。
「やあやあ――ビューティフル・トゥウィンズ」星川くんが私たちのところにやって来た。
「あら星川くん、なあに?」私はいつもの作り笑いを彼に向けた。
この習性はすっかり身についている。私は
「夏休みにH組の有志で懇親会を開こうと思ってね。きみを招待しに来たのだよ」
「あらー」何じゃそれ。
「那須高原のホテルで二泊。人数に限りがあるからクラス全員招待できないのが悲しいところだね」ちっとも悲しそうにないのだが。
「学級委員の
「え?
でも好奇心旺盛な優理香ならあり得る。星川くんのデートの誘いにのる勇者なのだから。
「もし良かったらきみのまわりの三人もどうかな?」芽以たちのことを言っている。
「――だったら行ってみようかな……」
「それってお前以外に男子も行くのか?」遼が横槍を入れた。
やっぱり気になるよね。
「そうだよ」
「たとえば?」
「きみだよ香月ブラザー」
「俺?」H組じゃないよ、遼は。
「ボクは忙しい人間でね、東矢さんの避暑会にも呼ばれているのだよ。だからどちらにも参加できるように同じ日程同じ場所にしたんだ」
したんだって、そんなことできるの?
「香月ブラザーは東矢さんに招待されたのだろう。同じホテルでH組の懇親会をするんだ。まあ行き帰りのバスは別になってしまうけれどね」
「遼は行かないらしいよ――」私は笑いを抑えて言った。「――自宅で引きこもっているみたい」
「何だ、残念だ。では香月さんだけでもどうかな。きっと楽しい時間を過ごせると思うよ」
「うん、行きたい。てか、行く」
「――俺も行く」遼が言った。
つぶやくような言い方だったがはっきりと聞こえた。
「あれれ、さっき行かないって言ってなかった?」私は意地の悪いツッコミをした。
「気が変わった」とんだ手のひら返しだ。「男女入り交じってるんだろ」
「シスコンねー」
私は笑った。とても愉快だった。
「――では香月トゥウインズは参加だね」
星川くんは爽やかに笑ってその場を去った。
ブスッとしている遼の顔を私はニヤニヤしながら見ていた。
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