コスバのJK - スピーカー・オブ・サブスタチュー - その6


 店の奥からやってきたのは、いかにもうだつの上がらない雇われ店長然とした人だった。


 糸目でメガネで猫背。髪はボサボサだし無精髭で、制服もよれよれだ。


 見た目からして頼りなさげな感じではあるけど、こんな特殊なお店の店長をやっているのだから、多少は話が出来るはず……。


 なんでことを考えながら、私が質問を口にしようとしたら、それより先に綺興ちゃんが口を開いてしまった。


「店長さん。面倒な問答はしたくないので単刀直入に聞かせていただきます」

「は、はい?」

「この店で黄泉戸喫ヨモツヘグイは発生しますか?」


 店長さんの糸目が開き、私たちを見回して一つうなずく。


「おや、おやおや? お客様方は生者の方で?」

「ええ」

「ふむふむ。その問いをするというコトはここがどんな店かご存じで?」

「いいえ。でも、わたしたちから見ると異世界に当たるお店なのは間違いないのでしょう?」

「なるほどなるほど。お客様はお詳しいようだ」


 開眼した目を糸目に戻すと、店長さんはふぅ――と気怠げに嘆息して、右手で首を撫でた。


「異界であるコトに相違はありません。ですが同時に、ここは確かにコスモバーガーでもあるのです。言うなればコスモバーガーの黄泉國ヨモツクニ店とでもいうべきもの。

 まぁ死んだ後もコスモバーガーを食べたいという死者達の願いを叶えるべく、生前コスモバーガーに携わってた者たちが作り出した神出鬼没のお店です」


 私は雇われ店長ですがね……と自嘲気味に口にする店長さん。

 その説明に綺興ちゃんが納得したようにうなずいた。


「つまり死者の国にある死者の人たち向けのお店なのね……」


 トラちゃんたちに説明するとき、思いつきで口にしただろう死者の国のお店という話、あながち間違いではなかったらしい。


「まぁ。時々お客様たちのような生者が迷い込んで来ますけどね。食べ物は全部、コスモバーガーなんで大丈夫です。黄泉由来の食材とかも一切使ってないので」


 仕入れとかどうしてるんだろう……と思ったけど、余計な口は挟まず、やりとりは綺興ちゃんに任せよう。うん。


「料理が全て実在しているモノだから、異世界のモノではないって理屈ですか?」

「ええ、ええ。その通りです」


 店長はうなずく。

 なら、動画を見たマスターが黄泉戸喫ヨモツヘグイだと思ったのは何なんだろう?


「では、我々がお店から出れないのはどういうコトでしょうか?」

「出れない?」


 首を傾げる店長さん。

 私はお店の外へ向けて手を伸ばしてみる。


 当然、見えない壁に阻まれるけれど、それでいい。


「おや? おやおや? おかしいですね。理屈に合わない。はて……?」


 しばらく不思議そうに首を傾げていた店長さんは、お店を見回す。


「ああ。ああ、ああ! 分かった。なるほど。儀式が足りてないのか」


 うんうん――と、店長は一人でうなずいてから、私たちへと向き直った。


「誰もが退店する時に行う行動が、結果として退店する為の儀式化してしまっているんでしょうね。今の今まで気づきませんでした。

 それに死者達ならともかく生者の場合は、儀式は大事です。退店の意志――つまりは片付けるコトでこの場から離れるコトを意味するワケですからね。

 お手数ですけど、ご自身でご注文されたテーブルの上のモノを片付けて頂けますか?」

「なるほど」


 綺興ちゃんは納得したようにうなずくと、ハナちゃんとトラちゃんを連れて席へと戻っていく。


 私だけはその場に残って店長さんに訊ねた。


「店長さん。連れが片付けるでも大丈夫そうです?」

「まぁ平気じゃないですかね。実際やるコトもあるでしょう? お連れさんの分もまとめて片付けたりとか」

「しますね」


 うんうん。それなら良い。


「綺興ちゃん。悪いけど、私の分も片付けておいてー!」

「はーい!」


 とりあえず声は掛けておいて、私は店長さんに向き直る。


「店長さんすみません。みんなが片付けをしている間に、いくつか確認したいコトがあります」

「はいはい。なんでしょう?」

「お店の奥にいる平成スタイルのJKってお店の一部です?」

「あー……アレね。あの現象は、ここ数年で急に発生したんですよ。何か知ってます?」

「ネットミーム……噂話から生まれた現象だと思います。内容的には――」


 私がコスモバーガーのJKについて話をすると、店長さんは納得したように嘆息する。


「なるほどなるほど。存在があやふやな当店と噛み合っちゃったワケですか」


 なら、面倒でも付き合っていくしかないかー……とボヤく店長さん。


「もしかして、最近生者のお客様が増えてるのも彼女らのせい?」

「えーっと……なんというか、その女子高生の話に付随してですね……」


 長鳴ヶ丘駅前店という存在しないお店の話もすると、さらに店長さんは、面倒くさそうに後ろ頭を掻いた。


「つまり、このお店は今その駅前に固定されかかってるワケですか……それでかぁ……」


 参ったなぁ……と本当に困った様子だ。


「このお店って場所が固定されてないんですか?」

「ええ。死者の皆さんに楽しんでもらう為に、あちこちにフラフラと出現するんですよ。

 私たちにコントロール出来るモノではないんですけど、お客様をもてなすだけだから、困ってはいないんですがね」


 場所も存在も曖昧な、死者の為のコスモバーガー。

 それはそれで素敵なはずだけど、余計な存在が混ざり込んで、おかしくなっている――か。


「店長さん、捨ててきたわ」

「はいはい。お手数おかけしました。それで出れるようになってるハズです」


 ハナちゃんとトラちゃんもホッとしたような息を吐き、それから自動ドアが開くのを待ち、恐る恐る手を外に伸ばして――


「あれ? あの、出れないです……」

「あら? あらあら? おかしいですね? 不思議ですね? 有り得ないですね?」


 店長さんが本気で焦っているのを見ると、本当に想定外だったのだろう。

 だとすると――


「まだJK怪異と、このお店は完全に混ざり合ってないのかも?」


 私の答えに、店長さんが納得したように首を縦に何度も振った。


「なるほどなるほど。退店の儀式そのものは問題なくとも、あちらの女子高生の怪異の影響で出れない、と。

 安心しました。当店が危ないお店になってしまっていたら、どうしようかと。

 そういうトラブル。対処面倒ですし。そういうの対処しまくってて過労で死んだのが、生前の私でして」


 ちょろっと店長さんの生前の闇が漏れてたのを無視して、私はお店の奥のJKたちを見る。

 相変わらず動きは単調だけど、明らかにこっちをあざ笑う気配を感じる。


「綺興ちゃん。噂のJK怪異について、分かってるコトをちょっとまとめ直したい」

「OK。とっとと解決して脱出しましょうか」

「是非ともうちに被害がおきない形でお願いします」


 店長さんから切実なお願いをされながら、私と綺興ちゃんは、これまでの情報をまとめていく。


 発端はネットミーム。

 コスモバーガーでJKが言っていたというネタから生まれた怪異。

 あまりにも有名になり誰もが使い出したが為に、存在が実在化してしまったモノ。

 ただみんなが口々に利用するだけなら良かったけど、実在の地名を出してそこに存在するという情報が付与されてしまった。


「分からないのはただ噂話をするだけの存在が、どうして現実に影響を与える怪異になっているか……よね?」


 綺興ちゃんの言葉に、私はうなずく。


「はい。はいはい。それに関してなんですがね。一つだけ仮説のようなモノはありますよ」


 悩んでいると、店長さんがあまり主張しない挙手をしながら声を掛けてきた。


「存在が曖昧だからこそ強力な怪異になるタイプのアレです。

 曖昧な存在だった『コスバのJKが実在した』のだから、彼女たちの『語る内容も実在するはずだ』という連想といいますか、そうであって欲しいという人々の願望から、チカラを得たのではないかと」


 なるほど。

 未来予血と同じタイプの怪異かー……。


「お、おねーさん……!? こ、今度は口だけ、じゃない……くて……」

「やだ……あれ、体……勝手に……ッ!?」


 どうしたものかと考えていると、ハナちゃんと、トラちゃんが顔を強ばらせながら、私の方へと近寄ってくる。


「せっかく、身体……ある……じゃん……実在、する為に……やだぁ……なにこれ……貰う、ワケ、この身体……を……」

「邪魔、させないし……やめて……いや……止めようとする、アンタらに、MK5的な……あ、うう……」


 どうやら、私と綺興ちゃんを殺す気まんまんのようだ。

 だけど、完全に二人の身体を制御出来てないようだし、ハナちゃんとトラちゃんの二人も、怪異の二人も、言ってしまえば所詮は女子高生。


「ウルズ」


 私はウルズを呼び出して、二人を抑えさせる。

 二人からは見えないだろうからためらいなくやるけど、頭を鷲掴みさせてもらう。


「ところでMK5ってなに?」

「あー、あーあー……私の時代に流行ったギャル言葉ですね。マジでキレる5秒前ってやつです」


 店長さんが解説してくれた。


 それを聞いて綺興ちゃんが顔をしかめる。


「わりと真面目にそれってこっちのセリフよね?」

「それな!」


 私もそれに同意する。

 それはそれとして、分からないのよね。


「なんでそんなレトロギャルなんだろうね、怪異?」

「さぁ?」

「まぁ、まぁまぁ、なんと言いますか。コスバのJKミームを作り出した、SNS上の主要層にとってのJKパブリックイメージ的なのが多分に混ざってるのかもしれませんね」

「つまりインターネットおじさんとかインターネットおばさん?」

「もしかしたらインターネット老人会かもよ?」

「あの、あのあの……二人ともそれ以上は勘弁を。私にもダメージ入るのでやめてもらえませんかね?」


 店長さんが顔を引きつらせて訴えてくるので、私たちはこの辺で口を噤む。


「あの……おねーさん、身体勝手に動くし、なにかに頭を捕まれて、痛い……です」

「そろそろ……助けて欲しい、です……」

「そうは言っても、今解放しちゃうと、二人に襲われちゃうしなぁ……」


 どうしたものかぁ――と考えて、脳裏に過るモノがあった。


「そうか。未来予血と同じタイプの怪異か」


 となれば、取る手段は一つだ。


「この手はあまり頻繁に使うなって言われてるけど、背は腹に変えられないか」


 私は後ろ頭を掻きながら、やや不敵に笑って見せる。

 そして怪異化した『噂のJK』へと、告げてやることにした。




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 アリカちゃんとは無関係な宣伝で恐縮ですが

 作者の別作品『魔剣技師バッカス』のコミカライズ1巻が本日6/25発売されました٩( 'ω' )و

 ご興味有りましたら、是非よしなにしていただければと思います


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