コスバのJK - スピーカー・オブ・サブスタチュー - その5


「でもなんでコスバのJKから生まれた怪異が、こんな攻撃手段を……」


 無数の影の手に、服を剝かれないように必死に抗ってる私を見ながら、綺興ちゃんは唸るように眉をひそめる。


「存在しないハズの隣のJKが実在した以上、それを利用して語られる内容もまた実在である――みたいな感じ?」

「つまり、あいつらが口にした内容が実現しちゃう的なやつ……!?」

「まぁそんなところだと思う……」


 諦めたような顔をする綺興ちゃん。


「どうしたの?」

「いやほら。わたしの周りにも影の手でてきた」

「なんで……ッ!?」

「探りを入れてるのは間違いないしなぁ……」


 そのまま綺興ちゃんも影の手に掴まり、ソファの上に押し倒された。


「でもまぁ大丈夫。対応手段はあるから」


 押し倒されたというのにかなり落ち着いた様子で、綺興ちゃんが告げる。


「ハナちゃんトラちゃん。軽妙なトークをして。

 薄い本みたいな目に遭うのは嘘。ただの噂で現実にはありえない……って」


 綺興ちゃんのその言葉に、私も理解した。


「そっか。隣の席のJKのやりとりが現実に影響を与える……それは二人であっても問題ない。むしろ二人の口から出た方が影響力が大きいかも!」


 がんばって影の手に抗いながら私は、それを口にする。


 ちなみに影の手。

 こっちから触れないけど、だからこそ引っ張られた服を上から押さえつける形で、抵抗できる。


 ウルズの手も合わせれば四本だ。そう簡単に剝かれないぞー!


「わたし、存歌みたいに器用な抵抗できないから、二人とも早めにお願いい~!」


 綺興ちゃんの言葉に、ハナちゃんとトラちゃんは顔を見合わせ、そして、うなずきあう。


「し、知ってるハナちゃん。なんか噂のお店の酷い目ってやつ」

「な、なんか探り入れると押し倒されるとかそういうヤツでしょ? それがどうかしたの?」

「実際は何も起きないらしいよ。当たり前だけど」

「そりゃあまぁ普通のコスバでそういう起きないっしょ」


 少しぎこちなかったけど、努めていつも通りのノリになるようがんばったカンジで、二人がそう口にしあう。

 次の瞬間、影の手たちのチカラは緩み、ゆっくりとその姿を消していった。


「お姉さんたち、大丈夫でした?」

「うん。大丈夫。ありがとう」


 何事も無かったかのよう立ち上がる綺興ちゃんが強い。


「服を破かれないようにしてたら服の中に手が湧いて危なかったかな」

「それ大丈夫だったの?」


 綺興ちゃんが不安そうに訊ねてくる。

 なので私は明るく笑って、ジョーク混じりに答えた。


「うん。いつぞやの未来予血の変態よりは、胸のもみ方上手だった」

「…………」


 なぜか綺興ちゃんの目が据わった。怖い。


「アリカさんって実はすごいようでバカだったりします?」

「トラちゃんの直球が辛いッ! っていうか今、私何か綺興ちゃん怒らせるコト言った!?」

「アリカさんって実は人の心分からない系の人だったりします?」

「ハナちゃんまで剛速球投げてくるッ!?」


 おかしい。本当に、私は何を失敗したのか。


「仕方ないか……存歌だし」


 やれやれと綺興ちゃんは嘆息して、席を立つ。


「調査の為に存歌はお店に残るにしても、二人は出た方が良いよ。怪異に口を利用されちゃうしね」


 二人は素直にうなずき、綺興ちゃんと共に席を立つ。

 私も一緒に入り口まで送っていく為に、立ち上がった。


 三人でお店の出入り口へと向かう途中――


「あ」

「また口が……!」


 ハナちゃんとトラちゃんが慌てて自分の口を塞ごうとする。

 けれど、恐らくは怪異の能力には無意味だったようだ。


「知ってる? 長鳴ヶ丘のコスバってさぁ、入ると出れないだって」

「何それ? どういうコト?」

「なんか中で注文したモノ食べちゃうとお店に閉じ込められちゃうって話だよ」

「そうなんだー」


 口を押さえ、二人は泣き顔になっているのに、何気ない雑談のような明るい声で会話をする。

 その光景は怖いのだけれど、それ以上に、最悪な手を打たれてしまった。


「うわ。マジで外に出れないんだけどッ!」


 開いた自動ドアから手を外に出そうとしている綺興ちゃんだけど、そこに見えない壁があるかのように、手が止まってしまうようだ。


 何もない空間が、ピンクと紫のマーブル模様の波紋を広げているのだけが分かる。


「ほ、本当に閉じ込められちゃった……?」

「え? 待ってアタシたちどうなるの……?」


 ハナちゃんとトラちゃんもさすがに涙目になってきた。


 これはまずいな……。

 何か、打てる手は……。


 店内を見渡し、何かないかと探した時だ。

 私はふとカウンターに立つお姉さんが気になった。


 そういえば、あのお姉さんはどういう存在なんだろう?

 こっちを見ている割には、イマイチ反応が緩い気もするけど……。


 単純に騒ぎに我関せずを貫く系のバイトの可能性はゼロじゃないけどね。


 とりあえず、まぁ直球で聞いてみるか。


「すみませーん。店員さんって、怪異なんですか?」


 綺興ちゃんからは、急に何やってんだこいつ……みたいな視線を向けられるけど、私は気にせずに店員のお姉さんへと見ている。


「えっと、どういう意味ですか?」


 困ったような顔をするお姉さんに私は続けて尋ねる。


「生きた人間かどうか、みたいな?」

「ああ。それならもちろん――」


 当たり前でしょ、何を聞いているの――とばかりにうなずくお姉さん。


「――私はちゃんと死んでますよ?」


 同時に、ハナちゃんとトラちゃんの顔がさらに青ざめていく。


「この店って黄泉戸喫ヨモツヘグイは発生します?」

「ヨモツ……? えっと、なんですそれ?」


 なるほど。お姉さんは知らない……と。


「知ってる人います?」

「どういうコトでしょうか?」

「お姉さん以外の店員さんはいますか? 出来れば店長さんとか、黄泉戸喫ヨモツヘグイの意味が分かる偉い人」


 私の問いにお姉さんは迷惑そうに顔をしかめた。


「お客さん、意味の分からないコトで店長呼べるワケないでしょう?」

「でも店長さんはお店にいるんですよね? 呼んでください」

「だから、理由もないのに呼べないって言ってるじゃないですか


 まずい。どうしよう。

 話が通じないというか、融通が利かない系のお姉さんかもしれない。


 困っていると、綺興ちゃんが口を挟んでくる。


「お姉さん、社員さん?」

「いえ? バイトですけど……」

「バイトごときが、自分の知らない言葉を意味不明だと斬り捨ててるんじゃないわよ。

 とっとと店長呼べって言ってんの。ロクに責任取れない立場のクセに無責任に相手を迷惑だと決めつけるな。良いからとっとと店長を呼べ」

「いや、ですが……」


 かなり綺興ちゃんに押された店員のお姉さん。

 それでも食い下がろうとするけれど、綺興ちゃんは一蹴する。


「お前が知らない言葉だろうと、店長が知ってる可能性はあるでしょうが。

 そもそも、バイトが店長が知ってるか否かを判断してどうすんの? それとも、それほど店長が無能の役立たずだと思ってる?

 そうじゃないなら、とっとと呼べ。ロクな伝言もできないなら、怖い客がいるとでも言って店長に助けを求めて来い!」


 完全にクレーマー仕草じゃないかなぁ、それ。

 私だけでなく、ハナちゃんとトラちゃんも、ビックリした様子で綺興ちゃんを見ている。


「わ、わかりました……」


 渋々と店の奥へ向かっていくお姉さん。

 それを見送っていると、綺興ちゃんが振り返った。


「一応言っておくけど、普段はお店の人に、こんな高圧的な態度取らないからね?」

「どうしたの急に?」


 まるで怖くないよ~とアピールするような綺興ちゃんに、私が首を傾げる。

 すると彼女は、何とも言えない表情で答えた。


「だって三人とも、今のわたしに対して絶対に余計なコトを思ったでしょ?」


 うーん。鋭い。

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