コスバのJK - スピーカー・オブ・サブスタチュー - その2
バイトの時間が終わったあと、私と綺興ちゃんは噂のコスモバーガーを探すために『夢アジサシ』をあとにする。
駅の西口の前に広がる入り組んだ道に小さなお店が連なる飲食店街を抜けて、駅へと入った。
そのまま駅を抜けて東側に出ると、バスやタクシーの為のロータリーが広がっている。
ロータリーを正面に、右手側に駅前デパートの
左手正面には、大型スーパーの
西美ビルのロータリーに面した角にはドールトール・カフェが。
西美の正面入り口のはす向かいには、ミステリードーナツがある。
ドールトール・カフェとミステリードーナツの間には、奥のマンションに続く歩行者用の道が伸びている。
つまり、コスモバーガーの入る余地がないのだ。
「まぁ、あるわけないよね」
「そうね。通学時にここで降りるから、いつも見る光景なワケだし」
私と綺興ちゃんは二人揃って首を傾げる。
「あ、
「公式もアナウンスしないといけないくらいには広がってるってコトだよねぇ……」
スマホでSNSを確認しながら、綺興ちゃんが苦笑した。
それに、私も何とも言えないリアクションをしてしまう。
現場にいる私たちの目に、コスモバーガーは存在していないのだから、公式は間違ったことは言っていない。
それでも、リプライや引用リワーブなどで「うそだー」「ほんとうにござるかー?」などという内容の投稿が相次いでいる。
さて、どうしたものか――と私が思っていると、私たちの前を女子高生らしき制服を着た二人組が横切っていく。
「公式もここにお店ないってワブってるー!」
「えー! でも、あそこにあるじゃん!」
「ほんとだよねー!」
そのやりとりに、私と綺興ちゃんは顔を見合わせた。
お店がある?
何を言ってるんだろう?
そんなもの、どこにも……どこにも……。
「あれ? あのさ、綺興ちゃん。私の見間違いかな……テリドとドールトールの間に、コスバがあるんだけど……」
「は? 何言ってるの存歌? さっきからそれが無いって話を……あれ?」
私たちは二人揃って目を擦る。
蜃気楼のように揺らいでいる。
存在はあやふやで、確固たるものはなく、石畳風の地面が透けて見えてはいるものの、間違いなくそこにコスモバーガーがあった。
「……ある、よね?」
「うん。なんかあやふやな形だけど、間違いなくお店が……」
なんだろう……猛烈に嫌な予感がしてきた。
「あの子達は揺らめいた姿のお店に違和感ないのかな?」
綺興ちゃんの言葉に、私は小さく首を横に振る。
なんとなくだけど、信じるモノには見えているんじゃないかなって感じる。
「たぶん、あの二人には確固たるお店が見えてる。
地元民や駅利用者じゃないから、あそこにお店があるコトに違和感がないんだと思う」
「認識や思い込みによるウンタラってヤツ?」
「ついでに名付けもされちゃってるんじゃないかな。長鳴ヶ丘のコスバっていう……」
「完全に確立された怪異になってるってコト?」
「確証はないけどね……」
私は嘆息して、スマホでメッセージアプリの
宛先は、もう一つのバイト先――怪異探偵事務所の所長……にしたいんだけど、所長のIDが分からないので、『夢アジサシ』のマスターへ送ることにする。
マスターは所長と仲が良さそうなので、これで情報は行くはずだ。
現時点で推測できる、怪異化したコスモバーガーの情報を送信した私は、スマホをカバンに戻して顔を上げる。
「止めても行くつもりでしょ、綺興ちゃん」
「そりゃあもちろん? 興味あるし」
綺興ちゃんを一人で行かすのは不安なので、私も覚悟を決めるとしよう。
見れば、揺らめくコスモバーガーの前で先ほどの女の子二人がスマホで自撮りをしている。
私がそれを指差しながら、綺興ちゃんに訊ねた。
「……私たちも自撮りする?」
「しとこうか」
女子高生二人は揺らめく自動ドアを潜ってお店に入っていく。
蜃気楼のように半透明に揺らいでいるお店のはずなのに、中に入った二人の姿は見えなくなった。
奇妙なことに、それを不思議に思う人はいないようだ。
バス待ちやタクシー待ちをしている人たちが多少いるにも関わらず、である。
みんなそれぞれに時間を潰していて、こちらに興味を持っている人はいない。
「揺らめく建物なんて怪しいのになー……」
「噂そのものを知らないか、そもそもコスバのJK構文に興味がない人には、認識できないのかもしれない」
私の独り言を綺興ちゃんが拾う。
「万人に見えるワケじゃなくて、信じる人にしか見えない。
信じてない人には、建物だけじゃなくて、コスバに興味を持ってたり、自撮りしていたりする客も認識できていないんじゃないかな。
認識していたとしても、妙に若い子があそこで自撮りしてるな――くらいなのかも」
「それなら確かに、誰も不思議に思わない……か」
うーむ……なんとも不思議な現象だ。
ともあれ、私たちも自撮りをする。綺興ちゃんのスマホで。
半透明で蜃気楼のように揺らめいている奇妙なコスモバーガーをバックに二人で並んでパシャっと。
「……どう撮影できてる?」
私が訊ねると、綺興ちゃんはファイルを呼び出した。
「揺らめいたの撮れてる! これアップしたらバズらないかな?」
綺興ちゃんが目を輝かせるけど、私はそれにストップをかける。
「これ以上、噂そのものを確固たるモノにする材料を投げるってどうだろう……。
柳の下の幽霊を、本物だったぞ~って喧伝するのって、危なくない?」
「確かに」
残念がりつつも、綺興ちゃんが写真をLinkerで共有してくる。
私はそれを受け取りつつ、マスターのIDへと写真を流す。
スマホをカバンに戻そうとして、私はふと思いとどまった。
「あ、そうだ。せっかくだからこのまま動画撮影しつつ中に入ってもいい?」
「もちろん」
綺興ちゃんの許可をとって、自撮りの要領で撮影しながら後ろ向きに私は歩く。
それを見て、綺興ちゃんは私を先導するように動き出す。
揺らめく自動ドアが開いたあと、私たちは、その半透明なコスモバーガーへと足を踏み入れるのだった。
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