コスバのJK - スピーカー・オブ・サブスタチュー - その3


「こんばんは、マスター。いつものカレーを……マスター?」


 喫茶『夢アジサシ』の隣にある廃ビル同然の建物に、探偵事務所を構えている郷篥ゴウリキ 響斗ヒビトが店に入って声を掛ける。


 だがカウンターにいるマスターはなんとも難しい顔をしたまま動かないでいた。


「マスター。スマホをじっと睨んで何かあったんですか?」

「ああ。郷篥くんか……ちょうどいいところに来た」


 スマホから顔を上げてそう口にするマスターに、郷篥は客の顔から探偵の顔へと切り替える。


「実は、音野くんが怪異らしきモノを調べに行っててね」

「全く……あの子は、オレに相談もしないで……」

「キミがスマホを持っていれば済む話ではあるよそれ。機械音痴なコト、彼女には話してないんだろう?」

「…………」


 憮然とした顔をする郷篥だったが、マスターの言う通りなので言い返せない。


「ともあれ、この写真を見て欲しい」

「……? 音野さんと美橋さんが一緒に自撮りしてるだけのようにしか見えませんが……」


 機械音痴とはいえ、差し出されたスマホの画面くらいは読み取れる。


「続くこの文章を読んでみてくれないかな」

「……『長鳴ヶ丘駅前にコスモバーガーは実在しました。記念にお店の前で自撮りしたらなんか蜃気楼みたいに揺らめいてる半透明な建物が映ったので写真を送ります』……?」


 改めて写真を見るが、彼女たちの背後には何も映っていない。


「そもそも長鳴ヶ丘駅にコスモバーガーは存在しない……二人は何を言って……」


 そこまで口にして郷篥は改めて、マスターのスマホの画面の情報を確認しなおす。


「もしや、二人はお店の前で自撮りを?」

「恐らく。二人の目にはここにお店が見えているんだと思うよ」


 うなずくマスターに、郷篥は眉間に皺を寄せた。


「おや? 動画も寄越してきたね」


 マスターはスマホを操作して、動画を再生する。


「先ほどの自撮りからの続き――という感じだが……」


 郷篥がそう口にする通り、自撮りの状態で音野が後ろ歩きで歩いている。

 音野を先導するように、半歩前を歩く美橋の背中も映っていたのだが――


「美橋くんが、消えた……?」


 何気ない足取りで歩いていた美橋が消えるも、音野は気にした様子もなく、自撮りのまま後ろ歩きを続け――


「……ッ!?」

「なんだ……!?」


 突如画面の色彩がデタラメになり、二人は思わず目を見開く。


《中は普通の店舗だ……》

《変わったところはなさそうね》


 音野と美橋のやりとりを、マイクが拾う。

 だが、その様子にマスターと郷篥は顔を見合わせた。


「こちらの目には奇妙なところしかないのだが……」

「ええ、二人の姿だけがちゃんとしていて、あとはぐちゃぐちゃしている様子が、まともじゃあない……」


 今すぐ助けに行くべきか、郷篥は迷う。


「落ち着きたまえ郷篥くん。もう少しこの動画を見てヒントを増やしてからでも遅くは無いはずだよ」

「……ですね」


 小さく息を吐いて、動画を見直す。


 ピンクや紫を中心とした色彩がデタラメな空間の中に、よく見れば、いわゆる暗い緑色のワイヤーフレームのようなモノが見える。


 そのワイヤーフレームは、カウンターや観葉植物、テーブルやイスなどを形作っているようだ。目がチカチカするのを堪えてフレームを目で追いかけていくと、それがお店そのものを構成しているのだと気がついた。


 自撮りしたまま、二人はお店のカウンターへと向かっていく。


《コスモバーガーセットをアイスコーヒーで一つ。サイドはポテトで。

 チーズコスモセットを、コーラで一つ。サイドはナゲットで》


 撮影する音野を尻目に、美橋がさっさと注文を済ませる。

 動画に映る店員も、ワイヤーフレームで構成された不気味な姿だ。


 だが、二人が気にした様子がないところを見ると、二人の目にはあの店員も普通の人間に見えているのだろう。


 音野がカメラの状態を切り替えたのか、自撮りから店内を映すような動きに変わる。


「……チラチラ映る窓の外はまともな光景というのがことさら奇妙だ」

「だが、やはりこの店は長鳴ヶ丘にあるな……」


 それどころか、まるで店など内容に、普通の人が店内を通り過ぎていく姿がある。壁も、テーブルも、一切の障害物を無視して。


「撮影している音野くんには、今のサラリーマンは見えてないのか?」

「中に入った時点で、意識は完全に店内にあるんでしょうね」

「まるであの世とこの世の狭間みたいだね」

「まるで……ではないのかもしれません」


 あの世とこの世の狭間にあるコスモバーガー。なんとも奇妙だ。


 出てきたメニューをカメラが映す。こちらから見る限りでは、食べ物も全てワイヤーフレームで構成されているようだ。


《メニューも普通っぽい?》

《とりあえずどっか座って開けてみないとね》


 二人は注文の乗ったトレイを持って、席へと移動する。

 どうやらすでに先客がいるようで、制服を着たいかにもな女子高生二人組が、通常の色彩を伴ってそこにいた。


《お姉さんたちも聖地巡礼ですか?》

《そうなの。でもふつうで拍子抜け》

《ですよねー》


 女子高生の方から、音野たちに声を掛けてくる。

 それに、美橋が愛想良く返すと、女子高生たちはうなずきながらケラケラ笑う。


《あ、ごめんね。店内撮影してたら、二人が入っちゃった》

《いいっていって。気にしないでください》

《顔有りでSNSにあげてもいいですよー! あたしら、文字通りJKなんで》

《なるほど確かに!》


 あははははは――と何が楽しいのか、四人は笑う。


 音野と美橋は彼女たちの横の席にすることにしたようだ。


「郷篥くん――女子高生の……髪に青いメッシュを入れている子の方。右手を」

「ん? これは……」


 左手でポテトらしきモノを摘まんだメッシュ髪の子がそれを口に運ぶ。

 それを咀嚼し、飲み込んだ時……彼女の身体や服からテスクチャが数枚剥がれるように、いろが抜け落ちた。


黄泉戸喫ヨモツヘグイの類いか、これは……」

「郷篥くんもそう思うかい?」

「そうにしか見えないですね……」


 テクスチャの全てが剥がれて、ワイヤーフレームだけの存在になってしまった時、恐らく彼女は、あの世とこの世の狭間にある、あのお店から出ることが叶わなくなるだろう。


「メッセージが届くかどうか分からないけど」


 失礼――とマスターはスマホを手に取り、素早くメッセージを送信する。


『君たちの目にどう映ってるか分からないが、送られてきた動画を見る限り、少なくとも一緒にいるJKはヨモツヘグイの影響があるようだ。あまり食べ物を口にしないように』


 そのメッセージを送ったあと、カウンターにスマホを置き直す。


「一応、既読は付いたので、読んでくれたと思いたいが――」

「本当に届いているかどうかは、わかりませんからね……」


 怪異が勝手に既読や返信をするというのもありえるのだ。安心は出来ない。


「ともあれ、動画はまだ続きがあるようだから、再生するよ?」

「ええ」


 郷篥がうなずくのを確認してから、マスターは再生ボタンをタップする。


《そうだ。お姉さんたち。あそこの奥にもお客さんいるんですよ。気づきました?》

《え? そうなの?》


 音野のスマホがそちらに向く。


《コテコテのオールドスタイルギャルの二人組。

 平成リスペクトっぷりがすごすぎて、びっくりしたんだけど、ほらあそこ》


 確かに、女子高生の片方が指差す先にも女子高生らしき二人組がいる。


 だが――


「同じ画面にいるのに、奥の子達は随分とボヤけてるな」

「最新のゲーム画面の中に、二十年くらい前のキャラが混ざってるような感じが、なんとも奇妙だねぇ」


 時々、ゲームの最新シリーズで、シリーズ初期のローポリゴンアバターで遊べたりする特典があったりする。


 マスターからすると、件の平成リスペクトギャルの二人はまさにそんな感じに見える。


「む……? 奥の席の子たちは、どうにも微動だにしてないように見えません?」

「確かに。まるでそれっぽいポーズをしているだけど、オブジェのように見える」


 ただ、あくまで動画で見ているマスターや郷篥の目にはそう映っているというだけで、撮影をしている音野たちの目には、普通に映っているのかもしれないが。


「彼女たちは取り込まれてしまっているのかな……?」

「難しいところですね……映り込み方の質が違うコトを思うと、むしろ怪異側の存在の可能性もありますが……」

「怪異側……女子高生……そうかッ、あれがそうか!」


 突然、マスターは何かに気づいたように声をあげた。


「マスター?」

「元々、『コスモバーガーで噂話をする女子高生』というネタが、ネット上で話題になったところから発生した怪異なんだと、音野くんたちは推測していたんだ」

「なるほど。内容そのものは聞いてみないと判断つきませんが、その噂が発端であるなら、あのぼやけた姿の女子高生たちが本体という可能性はゼロではありませんね」


 郷篥は機械音痴というのもあって、ネットミームにそこまで明るくない。

 即座に答えは出せないものの、マスターの言うネタが怪異化したという話をまるっと信じるのであれば、あり得なくは無い。


 その上で、郷篥はあることに気がついた。


「『コスモバーガーにいる女子高生』という趣旨のネタが怪異化したというのでしたら、黄泉戸喫ヨモツヘグイの影響も、もしかしたら女子高生にだけある可能性があります。

 何より幻想の女子高生よりも、現実の女子高生をベースにした方が、怪異としての強度も上がるでしょうから、怪異の方も積極的に取り込もうとする可能性だってあるくらいです」


 自分でそう説明しながら、不味い状況だと――胸中で舌打ちする。

 音野や美橋よりも、すでにお店でメニューを注文して口にしている女子高生たちが危険だ。


「マスターすみません。オレ……」

「ちなみにネタとしては、こういうミームから生まれたモノだよ」


 マスターは、Warblerワーブラーの画面を一つ見せる。


『存在しないコスバの謎を暴こうとすると酷い目に遭うらしい。それこそ薄い本展開になるらしいぞ……ってコスバで隣に座ってたJKが話してた』


 それを見て、郷篥は首を傾げる。


「ようするに、本来女子高生がしないような内容の話を、コスモバーガーで隣に座ってる女子高生が喋っているていで語るっていうミームだよ。

 それ自体にはなんの問題もないはずだったんだけど、どういうワケがその女子高生の原典は、長鳴ヶ丘駅前店だっていう噂になってね。気がつくと、本当にお店があるかのような写真も増えてきたのさ」

「…………」


 マスターの解説に、郷篥は真面目な顔で下顎を撫でる。

 その様子を見ながら、マスターは続けた。


「とまぁ、怪異としてはそんな話さ。

 そしてお店の場所は、ミステリードーナツとドールトールカフェの間にある歩行者用の道路らしいよ」

「ありがとうございます。オレが行って入れるかまではわかりませんけどね」


 郷篥は愛用のコートを翻しながら、店の入り口のドアに手を掛け、振り返る。


「あ、そうだ。帰ってきたらカレーを食べたいので、用意して貰っておいてもいいですか?」

「もちろん。冷める前に帰ってきて貰えると嬉しいね」


 そうして、郷篥はコスモバーガーを探すために、『夢アジサシ』を後にするのだった。


「行く前に、アイツに声を掛けて連れていった方がいいか」


 とりあえず、出発前にお店の隣にある自分の事務所へと出しておいた方がよさそうだ。


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