Fail.2:

守宮の淑女 - レディ・ガーディアン - その1


 喫茶店『夢アジサシ』での仕事中――


「いやぁ、存歌アリカが元気になって良かったわぁ」

「ご心配おかけしましたー」


 お茶をしにきた綺興キキョウちゃんに掛けられた言葉に、私は素直に返事をした。


「カッコいい格好しているそ存歌の姿をまた見れてひと安心だよ」


 今の私の格好はギャルソン風。

 マスター同様、このお店の制服ってことらしい。

 綺興ちゃんにカッコいいと言ってもらえるのは結構嬉しい。


 ほかにお客さんもいないし、ほんわかした調子で綺興ちゃんとお話していると、マスターが厨房から出てくる。


「プリン・ア・ラ・モード、お待ちどうさま」

「待ってましたー」


 テンション上げて喜ぶ綺興ちゃんが注文したのは、硬めのしっかりプリンに、少量バニラアイスと、ホイップクリーム。それから季節のカットフルーツで彩られた人気メニュー。


 クラシックな雰囲気と彩鮮やかなフルーツのおかげで、映えメニューとしてもよく注文される。


「ところで確かに音野くんが回復したのは喜ばしいコトだけどね。

 体調を崩す原因となった嬬月荘に連れて行ったのは美橋くんじゃなかったかな?」

「あはははははは……」


 笑って誤魔化しながら、綺興ちゃんはプリンを口に運ぶ。

 それらから口の中のプリンを飲み込んで、少しだけ真面目な顔をした。


「なんていうか霊障れいしょうみたいなのが実在するなんて思ってなかったんで。その点、本当にゴメンネ、存歌」

「いいっていいって。何度も謝って貰ってるし」

「……んで、謝りついでなんだけど……今度の土日、ヒマ?」


 どういう流れなのか、急に予定を聞かれた。

 なんとなーく、怪しいモノを感じながら、


「どっちか?」

「泊まりで」

「なら無理かなぁ……土曜日は予定が入ってる」

「マジかー」


 ちょっと残念そうな綺興ちゃん。

 友達と泊まりで出かけるなんて経験が無いから、私もちょっと残念だ。


「実は掛け持ちでバイト増やしたんだよ。

 土曜日は、その仕事の初日なんだ」

「それじゃあ、そっち優先は仕方ないね。がんばってよ?」

「うん。ありがとう」


 なんてやりとりをしていると、横で聞いていたマスターがふと首を傾げた。


美橋ミハシくん。音野オトノくん無しでも遊びにはいくのかい?」

「実は推しの明城メイジョウシガタキ君のオフイベ抽選に当たったんですよ。

 リスナーと一緒に心霊スポットや廃墟を見て回るっていう」


 何となく、私が誘われた理由がわかってしまった気がする。


「君は……懲りてないのかい?」


 マスターの言葉に、綺興ちゃんは妙に勢いよく首を横に振った。


「むしろ懲りたから存歌に一緒にいて欲しかったんですよ。

 嬬月荘に遊びにいく前から決まってたモノなんで……」

「キャンセルはしないのかい?」

「推し活的にそれは無いです」


 全力首振りから一転してキリっと告げる綺興ちゃん。

 推し活というやつはなんとも大変そうである。


「まぁ、ああいう怪異が存在する建物というのもそう多くはないから、問題はないと思うけれど。十分に気をつけるんだよ。常連さんが減るのは悲しいからね」

「はい。ありがとうございます!」


 ……とまぁそんな感じで、今日はかなりのんびりと、夢アジサシでの勤務時間がすぎていくのでした。




 そして午後三時頃、夢アジサシでの仕事をあがった私は――どういうワケか、郷篥ゴウリキ探偵事務所にいます。


「お仕事は土曜日からでは?」

「そうなんだが、その前に紹介しておくべき人物がいてな。すっかり忘れていたので、今日紹介しようと思ったんだ」


 そういえば、助手がいるって言ってたよね。

 確かに、紹介して貰ってないし、お仕事の前に顔合わせをさせてもらえるのは助かるかも。


「――というワケで、入ってくれ」

「はいはーい。おっじゃまっしまーっす」


 明るいノリで入ってきたのは、クラシックな雰囲気の黒セーラーを着た女の子だった。


 え? 年下かな? 高校生?


 なんていうかすごい印象的な子だ。

 肌は磁器のように白くて綺麗。長い黒髪に黒タイツ。目の色も綺麗な黒い色。スカーフの赤以外は完全にモノクロって感じ。


 ……なんだろう。怖いくらいに綺麗な子だ。

 でもまともな美じゃない気がする。魔的っていうのかな……直接口にするのは失礼すぎるからしないけど、なんだろう……この子、人間って感じがしない。


「ここ建物の開拓能フロンティア力舎・ステージ守宮の淑女レディ・ガーディアンでーす!」


 構成する要素は物静かなイメージで、部屋の片隅で静かに本を読んでそうな雰囲気なのに、テンションはなんかめっちゃ高い。


「……って、え? 能力舎?」


 どうやら本当に人間じゃなかった模様。


「こう見えてワタシ、ヴィジョンだったりします。よろしく!」

「え? あ、はい。音野 存歌です。こちらこそよろしく」


 明るく挨拶されたので、思わず挨拶をしてしまった。

 いや、顔合わせなんだし、挨拶をするのは悪いことじゃないんだろうけど……。


「えっと、ヴィジョンってコトは……何か能力を持ってるんですか?」

「んー……ワタシ自身が能力かな?」


 下唇に指を当てて、ちょっとあざとい感じのポーズで少し悩んでから彼女は答えた……けど。


「うん???」


 要領を得ない回答に、私は思わず探偵さんの方へと視線を向ける。


「分かりづらいだろうが、言葉通りだ。

 この建物の中と、外で特定の条件を満たしている場合、物理的に実体を伴った形で活動できる」

「もう少しわかりやすく」

「……そうだな……」


 私の言葉に探偵さんは少し悩んでから、背後霊――レオニダスさんを呼び出した。


「俺の能力のヴィジョンを視るコトができるのは、同じ能力者や、この手のチカラを感知できるチカラの持ち主に限る。

 つまり君には視えるが、君の友人には視るコトができない。そして、開拓能力のヴィジョンというのはそれが当たり前だ」


 ここまではいいかい? と問われてうなずく。


「だが彼女の能力はそのルールから外れるところにある」

「つまり、この子は、誰でも見れるってコトですか?」

「ワタシがそれを望む場合って前提がつくけどね。姿は消せるし、留守番する時は実体化している意味はないし」


 なるほど。


「でも、実体化って楽しいのよ」


 言いながら、彼女は私に抱きついてくる。


「こうやって人間と触れ合えるし~」


 まぁ確かに元が建物なワケだから、意志持っている以上は人と関わりたいのだろう――とは思うけど、合ってるのかな?


「キスだってできるんだから」

「ちょ、ちょ、ちょ!」


 首筋に口づけされてされてさすがに焦る。

 自分でも何に焦っているのかよく分からないんだけど。


「人間の体の構造だってちゃんと勉強しているから、えっちなコトだって出来ちゃうんだから」

「何を勉強してるの?」


 思わずツッコミを入れるけど、彼女はどこ吹く風でケラケラ笑う。


「でも先生は全然ワタシを抱く気がないみたい。

 結構アプローチしてるんだけどね~」

「建物を抱く趣味はないからな」

「ほらほら。いっつもこんな感じなの」

「あははは……」


 ど、どういう反応をすればいいんだろう。


 でも、すごいな。

 抱きつかれた時も、キスされた時も、なんていうかふつうの人間と同じだった。


 体温も感じたし、違和感らしいものもない。


「実体化っていうよりも、人間化……みたいなカンジなんだね」


 思ったことをそのまま口にすると、彼女は猫のように私にジャレつきながらうなずく。


「そーそー。そのニュアンスが一番近いかも。まぁさっきも言ったけど、留守番する時とかは姿を消すけどね」

「ちなみに、実体化してても、姿を消していても彼女がこの建物であるコトにはかわりない。

 だからこの建物には監視カメラの類はないが、この建物内の情報は全て彼女に筒抜けになる」


 だからこそ、彼女の能力名は守宮の淑女レディ・ガーディアン


 守宮ヤモリとはトカゲに似たあの生き物のこと。

 名前が転じて家守ヤモリ――いえを守る者という意味があり、家の守り神として扱われることもあるそうだ。


「あ、そうそう。

 私の紹介って土曜日でもよかったんだけど、実はどうしても存歌にお願いしたいコトがあったから呼んでもらったのよ」

「俺じゃダメだったのか?」


 探偵さんがそう訊ねると、どこからともなく握り拳ほどのコンクリ片が飛んでくる。


「危ないな!」


 それをレオニダスでキャッチしながら、探偵さんは顔をひきつらせる。

 一方の彼女は、それはもう不満いっぱいにほっぺたを膨らませ、口を尖らせていた。


「先生はセンスなさすぎたので却下です」


 あ、わりと本気で憮然としてるな探偵さん。

 それにしても、センスの必要な頼み事ってなんだろう……。


 ……というかあのコンクリ片はなんなんだろう?

 建物の中に転がっている奴を操ったのかな?


「――そんなワケでようやく頼りになりそうな女の子が来たのでワクワクしている系建築物ことワタシです」

「……私はいったい何をやらされるの?」


 ニコニコと嬉しそうな彼女に、私は思わず口をひきつらせるのだった。

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