孤独な蠱毒 - アイロニー・コロニー - その後2
「君、うちの探偵事務所でアルバイトする気はないか?」
探偵さんに言われて、私は目をぱちくりと瞬く。
「もちろん。
「ええっと、急にそんなコト言われても……」
この話が良いか悪いか判断できず、助けを求めるようにマスターへと視線を向ける。
すると、マスターは小さく笑った。
「シフトが減るコトは問題ないよ」
「え?」
「昨日の時点で話は聞いていたからね」
なるほど。
マスターは、探偵さんが私をスカウトしようとするのは事前に知っていたのか。
「君の好きにすればいいよ。やりたいならやればいい」
穏やかにマスターが告げる。
「何事も経験だ。挑戦するのに年齢は関係ないというのが持論だが……。
それでも新たな挑戦をするのなら若いに越したコトはないと思うよ」
「…………」
そう言われると、ちょっと考えてしまうな。
探偵のお手伝いなんて、滅多に出来る経験じゃないだろうし。
悩みながら、カレーを食べる。
辛い。甘い。辛い。美味しい。
「もう少し後押ししようか」
悩んでいると、探偵さんがそんなことを言って、人を落ち着けるような笑みを浮かべた。
「君も体験した通り、俺はただの探偵ではなく能力舎のような怪異が専門だ。だから君みたいな開拓能力者の助手やアルバイトがいると助かる」
開拓能力。
これ自体は生まれつき持ってたモノで、一生付き合っていくんだろうと漠然と思っていた。
人とは違うチカラ。
そのせいで、私は知らず知らずに人から距離を取って生きてきというのはある。
地元に友達がいないのもそのせいだ。そのせいだと思う。そのせいだと思いたい。
ともあれ、上京して大学に通い始めて、綺興ちゃんという友達を得た。
今まであまり役に立たないと思っていた私の能力は、結果として綺興ちゃんを助けるのに役に立ったワケだ。
元々は、あまり役に立つ能力だとは思ってなくて。
まぁ綺興ちゃんのストラップを探した時のような、失せモノ探しに時々使えるかなって、そのくらいにしか考えてなかったけど。
過去の音を掴んで押しつけるという新しい使い方が見つかった。
今ここに至って、これは人を助けることができるチカラなんだって理解できた気がする。
悩みながらもくもくとカレーを食べていると、探偵さんの穏やかな笑みが徐々にいつもの顔ーーどころか、眉間に皺が寄ってより怖くなっていく。
あ。まずい。黙りすぎて怒らせちゃった?
「……話、聞いているか?」
「はい。バッチリ聞いています。聞きながら考えているうちに食が進んじゃって」
「そういうコトならいいんだが」
小さく息を吐いて、探偵さんの顔がいつものムスっとした雰囲気のモノに戻った。
それを見て安堵しながら、私はカレーを口に運ぶ。
「怪異探偵、か……」
やってみたら、チカラの使い方みたいなのが、もっと理解できるかもしれない。
これまでは、どちらかというと、時々便利だけど割とジャマな能力だと思っていたこれと、正しく向かい合えるかもしれない。
「よし」
小さく気合いを入れて、カレーの残りを一気にかきこむ。
米粒も残さず、ルーも可能な限り完食し、お冷やをぐいーっと一気のみ。
「ふぅ」
一息ついて、お手拭きで口の周りを拭いてから、探偵さんに向き直る。
「探偵さん。アルバイトの件、よろしくお願いします」
椅子に座ったままだけど、丁寧にお辞儀する。
一瞬、虚を突かれたような顔を探偵さんはしたけれど、すぐに合点がいったのか、小さな笑みを浮かべてうなずいた。
「こちらこそ、よろしく頼む」
こうして、私は喫茶店と探偵事務所のアルバイトを掛け持ちすることになったのだった。
「すみませんね、マスター。貴重なアルバイトの時間を少し奪う形になってしまって」
「構わないよ。
「郷篥?」
突然、聞き覚えのない名前が出てきて、私は首を傾げる。
「俺の名前だ。
改めて自己紹介しようか。郷篥探偵事務所の所長、
「えーっと、改めても何も……お名前、初めて知りました」
「む? そうだったか?」
接客している時も、嬬月荘に突入した時も、探偵さんと呼ぶだけで事足りちゃったしなぁ……。
「なんであれ、これからよろしく頼む」
「はい!」
大学二年目の春。
私はこうして、人生の転機となるアルバイトを始めることになるのでした。
未来の私から見ても、これが良かったのか悪かったのかは、ちょっとわからないのだけれど。
まぁ悪い選択ではなかったと思います。
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それはそれとして、探偵のアルバイトのことで頭がいっぱいだった私は、帰りに買い物をするのを忘れて帰宅するのでした。
明日、ノーブラノーパンのピンチ!
さすがにソレで学校行くのはアレですよね? どーする私ッ!?
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