孤独な蠱毒 - アイロニー・コロニー - その12


 和室の入り口に立つと、探偵さんは上着のポケットから小さなコンクリの欠片のようなモノを取り出した。

 それを軽く掲げるようにしてから、しばしして――


「……ふむ。説得は無理そうか」


 ――探偵さんはそう独りごちる。


 何だかよくわからないんだけど、このアパートの何かを見極める感じのやつなんだろう。たぶん。そういうオカルトアイテムとかありそうだし。あるいは探偵さんの能力かもしれない。


「さて、そうなると本体を叩くべきだが……」


 欠片をポケットに戻して、部屋を見回す。

 それを補佐するように、光がロクに入らない部屋を私がスマホで照らした。


「ああ、助かる。見えないワケではないが、やはり照らして貰えるとラクだな」

「スマホとか持ってないんですか?」

「持ってないワケじゃあないんだが、少し……な」


 もしかして、修理中とかそういうのかな?

 こういうお仕事だし、ちょくちょく壊れてそう。


「君が踏んだという布団はあれだな? 照らしてもらえるか?」


 言われて、私は素直に布団にスマホの明かりを向ける。

 その時、ふと思う。


「あれ? 私が布団をひっくり返した時は、液体が水たまりみたいになってたんですけど」

「ふむ」


 私の言葉に、探偵さんはなにか思案するように息を吐いたあとで、小さくだけどしっかりと言葉を口にした。


強みの強気は無敵な強みパワー・オブ・パワー


 すると、探偵さんの側に背後霊のようなモノが現れる。

 思わず悲鳴を上げたくなるけど、探偵さんが呼び出した感じだったので、なんとか堪えた。


 それに下半身はなく、上半身はギリシャ彫刻のようにマッシヴ。

 赤いトサカのような飾りがついた、狼を思わせる毛皮を被っている。だけど、その毛皮の口の中から覗く顔は、明らかに人間のそれじゃない奇妙な顔。

 目は水泳用のゴーグルのようだし、口は縫いつけられてXXXとなっているみたい。


「やるぞ」


 小さく命令する探偵さん。

 すると、マッチョ背後霊さんが前に出て布団――ではなく、その下にある畳に手刀の形にした手を、突き立てる。


「ひっくり返す!」


 探偵さんのその宣言の通り、背後霊さんは勢いよく布団の乗っている畳をひっくり返した。


 でも力一杯というよりも、砂場に指を掛けて舞い上がらせるような気安い動きだ。すごい。名前の通りパワーがある感じ。


 ……だけどなぁ……探偵さんの使う超能力――開拓能力だっけ?――にしてはちょっとこう、納得がいかないというか……。


 ともあれ、私たちはひっくり返った畳の下を覗き込み――


「これはすごいな」

「うあ……」


 ――思わず二人同時にうめいた。


 そこは、水たまりというより湖だ。

 赤黒く悍ましい色をした液体が、揺蕩たゆたうている。


 そして、それはスマホの明かりを浴びるなり激しく動き出した。

 激しい地震でも起きているかのようにその水たまりは揺れながら、雫をまき散らす。


「飛び散る雫に触れるな」


 言って、探偵さんが私を下げ、代わりに背後霊さんを前に出した。

 背後霊さんが飛び散る雫をパンチで何度も弾く姿はちょっとカッコいい。


 弾かれた液体があちこちにおちると、それはそこで虫の姿に形を変える。


 雫だけじゃない。激しく揺れている水たまりそのものから、大量の虫があふれ出す。


「関係があるとは思っていたが、虫と液体はイコールだったのか……!」


 驚く探偵さん。


 ……だけどそんなことより、私はあの水たまりの中に入りたい。

 ……入ってめちゃくちゃにされて、それからあの液体に仲良く混ざりあいたい。


「正気を保て。友達を守るんだろう?」

「……あ」


 耳朶じだに響く探偵さんの言葉に、私はハッとする。

 今、なんかとんでもないこと考えちゃってた気がする。


「あの液体と虫たちが俺たちを敵だと認識したようだ。一度部屋から出るぞ」

「はい!」


 探偵さんにうなずき、二人で玄関へと戻る。

 だけど――


「これは……」

「いっぱい集まってますね……」


 玄関のドアはしまり、無数の虫たちが集まっていた。

 まるで私たちをこの部屋から出すまいとするように。


「あそこを突っ切る勇気はないな……となれば――失礼する!」

「え? わ、わ!?」


 言うや否や、探偵さんは私をお姫様だっこして、きびすを返す。


 その背後からゾワゾワ、ガサガサと音を立てながら大量の虫たちが追いかけてくる。


 探偵さんは私を抱えたままリビングに突撃。部屋の真ん中に置かれたテーブルの上へ軽やかに飛び乗り、それを蹴って雨戸の閉じる窓へと向かう。


強みの強気はパワー・オブ無敵な強み・パワー


 いつの間にか姿を消していた背後霊さんを再び呼び出す。そして背後霊さんは力一杯、雨戸を殴りつけた。


 派手な音とともに、窓ガラスが割れ、雨戸がひしゃげる。


「もう一発!」


 さらにもう一発殴らせて、雨戸を吹き飛ばすと、探偵さんは私を抱えたまま、ガラスが割れフレームがひしゃげた窓を乗り越えた。


 背後を見ると、急に入ってきた明かりに怯んだのか、虫たちが動きを止めている。


「舌を噛むなよ」


 狭いベランダの柵も、吹き飛んだ雨戸に巻き込まれて壊れていた。

 探偵さんは、ためらわずそこから飛び降りる。


 危なげなく着地すると、探偵さんは抱いていた私を下ろした。


「怪我は?」

「大丈夫です」

「何よりだ」


 フッ――と小さく笑う。

 普段、ぜんぜん表情が変わらない人だから、安心したような笑顔、なんかいい……。


 ……って、見とれている場合ではなく。


 私は慌てて上を見る。

 探偵さんも一緒になって見上げた。


「追ってこないようだな」

「光が苦手なんですかね?」

「恐らくはな。君の夢に出てきた大きい個体はそうでもないかもしれないが、小さいのは光を苦手としているのは間違いない」


 え? 大きいのって光大丈夫なの?

 でも確かに綺興ちゃんに見せてもらったサイトには、敷地内に液体があった――って書かれてたから、部屋の外でてくる個体もいたのかな?


「もっともその大きいのはそう簡単に姿は見せないだろうが。

 なんであれ、今の状況からは逃げられたワケだ……何の解決もしてないがな」


 やれやれと嘆息する探偵さんに、私はふと訊ねた。


「あのー、探偵さんの能力って」

「ん? 見てもらった通りのモノだが」

「あの背後霊さんに力仕事をしてもらう感じですか?」

「他にもあるが……まぁだいたいは」

「探偵さんなのに……?」


 何を言っているんだ――みたいな顔をされたので、私は続ける。


「えっと、サイコメトリーとか、人の心を読んだりとか……探偵さんらしい能力じゃなかったのに驚いたというか……」


 ちなみに、サイコメトリーっていうのは物や場所に染み着いた記憶を読みとる能力だ。何か超能力特集みたいなので見たことがある。

 私の能力も、ある意味ではこれに近いんだとは思うけど。


「ああ。同業の知り合いにサイコメトラーはいるが、俺にはああいうコトは無理だな。

 俺にできるのは自分の身体能力を強化したり、鉄パイプや手頃な枝の強度を強化したりとかだな」


 いるんだ。同業者さんに。

 いや、そんなことよりも、鉄パイプや手頃な枝の強度強化って……。


「えっと、探偵さんって推理で事件を解決したりとか……」

「殺人事件に巻き込まれ、推理とかで解決したコトがないワケでもないんだが……やるたびに自分向きの事件じゃなかったと実感したな」

「でも、解決出来たんですよね? すごいじゃないですか」

「どうだろうな。推理の仕方も解決の仕方も、もっとスマートにできる探偵は他にいるだろうとは思っている。

 個人的には強みの強気はパワー・オブ無敵な強み・パワーで殴って解決できるなら、それに越したコトはないんだ。考えるのは得意ではないんでな」

「いや、えーっと、それは、何と言うか……」


 もしかしなくても、この探偵さんって結構な脳筋タイプなのでは?


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