孤独な蠱毒 - アイロニー・コロニー - その11
喫茶店『夢アジサシ』を出て、探偵さんと一緒に嬬月荘を目指す。
ここから大した距離もないのが幸いだ。
さっきは事件に関することの聞き取りだったからか、色々と喋ってた探偵さんだけど、お店を出てからはムスっとした顔のまま無言。
別に不機嫌というワケじゃなくて、元々こういう顔だと本人からは聞いたことがあるけれど……。
とはいえ、お客さんのときはともかく、こうやって一緒に行動するとなると、何か喋って欲しい。間が持たない!
いや、探偵さんはたぶんそういうの気にしないタイプなんだろうけど。
私としては黙々と一緒に歩くのは何とも言えないというかなんと言うか……!
「ああ、そうだ。音野さんで良かったか」
「え? あ、はい」
そんな祈りが通じたのか、探偵さんが私に話しかけてくる。
良かった! 沈黙がシンドくなってきたところでした。
「君、
「ふぉろんてぃあ、あくたー?」
聞き慣れない言葉に私は首を傾げる。
その反応は予想通りだとでもいうように、探偵さんは説明してくれた。
「俗な言い方をするなら超能力者のコトだ」
「あ、はい。そういうコトなら」
それを聞いて、合点がいく。
私がうなずくと、やはりな――と言ってから探偵さんは話を続ける。
「君や俺のように、超能力や超感覚と呼ばれるチカラに目覚めたり、身につけたりできる人間は一定数いる」
――『君や俺』。
つまり、探偵さんも何らかの超能力が使えるってことだろうか。
「
どうやら私だけが特別というワケでもないようだ。何となく心が軽くなった気がする。
あんまり使い道のない能力とはいえ、超能力は超能力だ。誰にも言えない疎外感のようなモノを勝手に感じていた面は間違いなくあるわけだし。
「開拓能力の使い手のコトを
おっと。そろそろ、嬬月荘に続く裏道だ。
その直線の道を進みながら、探偵さんはなおも続ける。
探偵さんらしくない
もしかしたら、私の孤独感のようなものを和らげる為に、饒舌になってくれているのかもしれない。
「ともあれ人間は開拓能力に目覚めるコトがある。生まれ持っての者もいれば、何らかのキカッケで目覚めるコトもある。人によって覚醒の条件は様々だし誰も彼もというワケではないが……まぁ一説によれば未知なる道へと一歩踏み出す強さを持っていると覚醒しやすい、らしい」
裏道を歩くとなると横並びが難しいので、私は探偵さんの後ろにつく。
話を聞きながら歩いていると、探偵さんは、ふいに足を止めてこちらを見た。
「一方で君のような先天性――生まれもってのタイプもいる」
あれ? 私が先天性だって言ったかな。
「よくわかりましたね。何か見分ける方法あるんですか?」
「特にはないな。強いて言えばオカルト現象に対する思考の仕方……だな。
後天性の場合は能力に目覚めると調子に乗りやすいが、先天性の場合はそうでもない。
そして自分がオカルト側だと自覚があるせいか、他のオカルト現象に対しても冷静な分析ができる傾向にある」
言われて、少し納得した。
私が、呪いに関してある程度理解していたことを指しているんだろう。
「ちなみに、開拓能力は人間だけのモノじゃあない。
生き物全般――というべきか。犬や猫など自我の強い動物がそれを身につけるコトもある。植物が使うという事例も噂程度には聞いたが、眉唾だな。完全否定する気はないが」
言いながら、探偵さんは嬬月荘の門を越える。
私もそれに続いて、門を乗り越えた――その時。
「……!」
「ん? どうした?」
探偵さんが気にかけるように振り返る。
自分でもよくわからない。ただ、門を乗り越えた瞬間に、妙な身体の震えがはじまったのだ。
「門を越えてから、身体が震えるというか、
「建物の中だけでなく、敷地内にまで影響が出始めているのか?
いや、この辺りの道からして、そもそもがこの土地が入れ物――か?」
周囲を見回し、探偵さんが目を
そんな探偵さんの横で、私は自分でも理解できない思考が生まれていることが怖くなっていた。
期待している。
あの部屋で、赤黒い液体のにじむ布団の上で、虫たちに襲われることを。
信じられないし信じたくないけれど。
この身体の震えと疼きは、どう考えても性欲に由来しているモノだという自覚がある。
「君が虫を視たのはどの部屋だ?」
「二階です。真ん中あたりの部屋」
「行こう。君がどれだけの影響を受けているか分からないが、時間はなさそうだ」
「……はい」
自分の身体が、自分らしくない反応をしてしまうことが、こんなに怖いなんて思わなかった。
「気晴らしになるかどうかは分からないが、先ほどの話の続きをしよう」
無意識に探偵さんのジャケットを握ってしまう。
探偵さんは僅かに驚いた顔をするけれど、それだけでなにも言わず、こちらを気遣うように歩く。
「先ほど、開拓能力というのは生き物が手に入れる超能力という話をしただろう? だが、何事にも例外がある」
手すりに赤錆がたっぷり浮いた階段を二人で昇る。
踏みしめるごとに、ギシギリと
「――それは、
超能力に目覚めた無機物。特に建物のコトだ」
一段昇るごとに、何かに意識を浸食されていくような錯覚に襲われる。
手から感じる探偵さんのジャケットの感触。それだけが、天から降りる蜘蛛の糸のよう。
「生き物の能力者が
問いかけに、答えている余裕はない。
だけど、その声がありがたい。
探偵さんの声と、ジャケットの感触と、今の私が正気を保っていられるのはそれに縋るしかない。たとえ錯覚だとしても、今の私はそのくらいに余裕がない。
探偵さんが階段を昇りきる。私もなんとか昇り切る。
朽ちてボロボロの柵を横目に二階の廊下を進んでいく。
目的地は真ん中あたりにある204号室。相変わらず僅かに玄関が開いている。
その部屋の前で探偵さんが足を止めた。
「そして君は今、その
人が怪異や呪いと呼んだりもするものがそれだ。それが全てというワケでもないが。
何にせよ、君に憑いている――あるいは寄生か。ともあれソレの侵攻は進んでいる。早急に対処する必要があるだろう」
確認するような探偵さんの言葉。
それを口にしてから、探偵さんはドアノブに手を掛けた。
「さて――」
気持ち悪い。怖い。
あの時の光景が脳裏に過ぎる。
「君が虫の群れを見たという部屋はここだったな?」
探偵さんがドアをあける。
瞬間、以前に見た時同様に、ゴキブリにもフナムシにも、ただの黒い楕円にも見えるそれが、一斉に部屋の中で逃げながら拡散していった。
「なかなかひどい光景だったな」
その虫たちはすでに影も形もなければ気配もない。
ただ、以前見たと時と同様に、気持ち悪くて、怖いくて、
だというのに――
「ともあれ、中だな。悪いが君も来てくれ」
あの黒い虫の群れの中に身体を横たわらせたい。
あの虫に群がられたい。
あの子たちの為に卵を生みたい。
ぼんやりとそんな思考が脳裏に過ぎって
「大丈夫……ではないだろうが、ついてきてくれ」
「……はい」
だからこそ、探偵さんの言う通りにする。
このままだと呪い殺されるまえに、虫たちに身体を捧げてしまいそうで――
そんな私の様子に気づいたのか、探偵さんは少し強い口調で諭すように告げる。
「自分を見失うな。
何かに縋って正気を保つより、曲げられない芯を自分の中に作った方が安定するぞ」
「自分の……芯?」
「俺が調べた限りでは、悪夢は朝がくるまでずっと目覚めない人が多かった。
だが、君は途中で目覚めただろう? どれだけ思考が呪いに浸食されようと、正気に戻るコトのできる重要なキッカケ、それこそが現状で君が大事にするべき芯だ」
そんなもの、決まってる。
「友達を守りたい……最初の夢の時こそ液状化して友達を手に掛けちゃいましたけど、二回目以降は手に掛けようとするたびに、目が覚めてました」
顔を上げ、探偵さんの顔を見る。
すると、私のその言葉を肯定し、引っ張り上げるような雰囲気で、教えてくれる。
「なら前を見ろ、目を見開け。不必要に闇に怯え、偽りの光に縋ってしまえば、夢が現実になるだけだ。
闇に怯える時は正しく怯えろ。偽りの光には目を凝らし、そこに混ざる正しい光を探し出せ。
怪異などのオカルトとの戦いや調査は、常にそれだ。
怪異にもオカルト現象にも呪いにも開拓能力にも、何にだってルールがある。条件がある。
そして君は開拓能力が使える。正しい光を探し出すのにも、怪異から逃げ出すにも、能力が使えない他人よりも選択肢が多いんだ」
不思議と、気合いが入った。
落ち着いた声なのに、力強くて。
「俺も万能じゃあない。万が一もある。
その時は今の言葉を忘れずに、君自身が全力を尽くすしかないぞ」
「……はいッ!」
そうして、私は探偵さんと一緒にアパートの和室へ向かって歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます