孤独な蠱毒 - アイロニー・コロニー - その10
「…………なるほどな」
探偵さんにどんな夢を見て、どういう変化があったのかと問われて、私は恥ずかしくも、赤裸々に語ることにした。
たぶん誰かに打ち明けたくて仕方なかったからだろうとは思う。
あの夢の内容をバカ正直にぶちまけた結果、探偵さんと横で聞いていたマスターは少し困った顔をして、私から視線を逸らしている。
……しまった、やりすぎちゃったかな?
「正直、虫に襲われる夢。一日ごとに増えている。虫が増えるほどに嫌悪感が薄れている――くらいのざっくりした内容で良かったんだが」
「赤裸々すぎるというか……今日はお店を閉めておいて良かった。夢の中で虫に……まではともかく、起きたときに下着を変える話は不要だったよ、音野くん……」
他のお客さんには聞かせられない――と、マスターに呆れられてしまっています。
……意を決して語ったのに二人のこの反応である。
いやなんか、勢いが削がれた途端にすごい恥ずかしくなってくるな……。
改めて赤くなってきた私は、思わず俯く。
「ともあれ、状況は理解した。
俺が集めていた情報と君の状況を照らし合わせると、時間があまりないと思われる」
「嫌悪感が完全になくなると、嬬月荘に行きたくなっちゃう的な感じかな……と考えてはいたんですけど」
「その通りだ。オカルト現象としては呪いに分類できる現象だ。だが、一番近い現象は寄生だろうな。ハリガネムシやロイコクロリディウムを知っているか?」
「いえ」
私が首を横に振ると、探偵さんはふむ――と小さく息を吐いてから教えてくれた。
「どちらも寄生虫だ。ハリガネムシはカマキリ。ロイコクロリディウムはカタツムリに寄生する。そして宿主の思考を狂わせ自分の都合の良いように操るんだ。
カマキリは寄生虫の為に入水自殺するようになるし、カタツムリは外的に狙われやすい見た目の変化が発生した上で、寄生虫の為に鳥に狙われやすい場所へと移動するようになる」
うげ――と、思わずうめく。
だとしたら……やっぱり私の推測も間違ってなかったワケだ。
「補足すると、カタツムリの方は検索しない方がいいよ。少々刺激的な姿になっているカタツムリが出くるからね」
「マスター、その補足いります?」
思わず私が訊ねると、マスターは小さく肩を竦めた。
「音野くんは、好奇心で検索しそうだから」
「否定できない……」
さらに言うとやめた方が良いと言われても検索したくなっている自分がいる……。
ともあれ――と、私は探偵さんに向き直る。
「探偵さんの話からして、何度も悪夢を見続けるコトで思考が狂い、嬬月荘へと行きたくなってくるってコトですか?」
「そうだ。そして、嬬月荘の中で、悪夢で見ていた出来事が現実にされる」
「虫に犯され、卵を植え付けられ、最後に液状化しちゃうのが現実に?」
「そうだ」
そうなると、私が踏んだ布団――そこからにじみ出てきた液体ってやっぱり……。
「深く考えるとドツボにハマる。やめておけ」
「そうします」
私の考えていることを察した探偵さんが、私の思考を遮るようにそう告げる。私はそれに素直に従うことにした。
「ともあれ、君は今、そういうオカルトから生まれた虫に寄生されているワケだが――一緒に嬬月荘に入った友人は大丈夫だそうだな?」
「あ、はい。たぶん。学校で会ったときはケロっとしてましたし」
「ならば、君と友人の行動の差とかに心あたりはあるか?」
うーん……一緒に、中を回ってたしな。
ドアノブとかを回してたのは全部、綺興ちゃんだし……。
「友人には虫が視えてなかったようなんですけど、私には視えていたっていうのは何か関係あります?」
「それはそれで興味のある話だが、今は関係ないな。
むしろ、この手の現象にはトリガーがあるものなんだ。寄生されるキッカケになるようなトリガーが」
「そう言われても……」
思い返して、「あ」と声が出た。
「その、布団を踏みました。私だけ。赤黒い液体がにじみ出てきて」
「他にはあるか?」
「それと、転びそうになってシンクに手をおいた時、何かを潰したような感触も……」
「どちらも友人は無かったのかな?」
「……たぶん?」
少なくとも私が気づく範囲ではなかったはずだ。
あちこちがカビと埃でドロドロになってたせいで、変に触ったりしなかったのかもしれない。
「恐らくシンクの方だな。その時に、君にしか視えないという虫を潰したんだ。その虫に直接触れると寄生されるんだろう。もっと言えば条件が一致する相手に寄生する可能性もありうるか」
「条件?」
「嬬月荘の怪異は、孤独感の強い者を好んでいそうだな――と思ってね」
「孤独感……」
言われてみると、寄生されてから、一人が恐いとか嫌だと強く思うようになったかもしれない。それは元々あった感情で、寄生されたから生まれた感情とは違うけれど。
そんなことを私が考えていると、
「さて、申し訳ないが君も来てくれ」
探偵さんはそんなことを口にして、椅子から立ち上がった。
「まだ昼過ぎで日も高い。明るいうちに嬬月荘の怪異――解決してしまおうじゃないか」
「え?」
私も一緒に行くの? という顔をすると、探偵さんはうなずく。
「ああ。現地で君に色々と確認したいコトもあるしな。
それに、早々に解決して、今日の夜からは気持ちよく寝たいだろう?」
気持ちよく寝たいだろう――その言葉の誘惑にはあらがえず、私は小さくうなずいた。
「わかりました。よろしくお願いします」
そろそろ寝不足を解消をしたいのは間違いない。
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