孤独な蠱毒 - アイロニー・コロニー - その7


 ボロボロながらも何とか受講できたし、ノートなども何とかなった。

 とはいえ、これ以上はシンドいので素直に家に帰るしかない。


 校門へと向かってフラフラと歩いていると、誰かがパタパタと駆け寄ってくる。


存歌アリカ!」

「あ、綺興ちゃん」


 声を掛けてくる綺興ちゃんの無事な姿にホッとする。

 夢の中のできごととはいえ、もしかして――という感覚が僅かにはあったのだ。


Linkerリンカーで何度かメッセージ送ったけど、既読つかなくて心配したよ」

「え? そうなの?」


 言われてスマホを取り出すと、確かにLinkerのアイコンの赤丸数字で4と表示されている。

 どれも、綺興ちゃんからだ。


「ごめん。体調悪くて全然スマホ見てなかった」

「体調悪いって……うあ、マジでなんかすっごい顔色してない?」

「実は、昨晩すごい夢見ちゃって……」


 無数の虫にたかられて、口から卵を植え付けられる夢を見て、夜中に飛び起きたと説明すると、綺興ちゃんはちょっと申し訳なさそうな顔をする。


「昨日、付き合わせちゃったせいかな?」

「そこまで気にする必要ないよ。単に変な夢ってだけだし」


 薄気味悪い虫を見て恐怖を感じちゃっていた自分のせいでもありそうだしね。


「そっか。また奢ろうか? タピる?」

「ごめん。しばらくタピオカ無理そう……」

「マジか」


 何か、すごい驚かれた。

 いやでも、あの卵がタピオカっぽすぎたのは良くない……。


 それより、こうやって会話していると夢で綺興ちゃんを襲ったことが脳裏に過ぎる。

 綺興ちゃんには悪いんだけど、ちょっと今は会話を切り上げたい。

 変な罪悪感とは別に、綺興ちゃんも見て苦しめばいい……みたいな良くない感情が少し出てる。


 それは私の本意じゃない。


「ともかく気にしないでね。本当に夢見が悪かっただけだから」

「存歌がそういうなら気にしないけど――でも、んー……一応、昨日のアパートについて調べたんだけど、今は報告しない方がいいかな」

「調べたんだ」

「うん。正直、ちょっと夢に見そうな内容だった」

「……今日はぐっすり眠って、明日にでも教えて」

「|Linkerにリンクを投げとくから、余裕がある時にでも見て。無理して見る必要のないモノだと思うし。見なくても問題はないから」

「わかった」


 それで会話は終わりだ。

 綺興ちゃんはまだ受ける講義があるらしいので、ここでお別れ。

 そのことに少し安堵した。


 そうして私は自宅へ向かう。


 ああ、そうだ。バイト先の喫茶店にも連絡しておかないと……。

 さすがにちょっと、この体調で仕事するのキツイや……。


  ・

  ・

  ・


 その晩も、私はベッドから飛び起きた。


 同じような夢を見た。

 今日は綺興ちゃんを食べるシーンはなかった。


 だけど、大きい親玉虫が一匹増えていた。

 目が覚めるまで、虫たちに弄ばれてしまった……。


 昨日と同じように虫の群れが身体を這い回り、かなしばりで。

 そのまま、二匹の虫たちはそれぞれに私に覆い被さって……。


 浴室に飛び込んでシャワーを浴びる。

 別に本当に汚れたわけじゃない。

 本当に産みつけられたワケじゃない。


 吐き気もある。

 だけど、それ以上に、お尻から植え付けられたものをかき出さないと、今夜はもう眠れない……。


 もちろん夢は夢。実際にお尻に卵を植え付けられたワケではないんだけど……。


 どれぐらいシャワーを浴びていたのかは分からない。

 気持ちが多少落ち着いてきたところで、身体を拭いてベッドに戻る。


 さすがに二回目だからか多少の落ち着きはある。

 頭はグラグラするし、まだ気持ち悪いけど、昨日よりはマシだ。


 このまま馴れれば、卵をタピる調子で呑めるようになるかもしれない。いやなりたくもないけど。


 ともあれ、まぁ昨日よりは余裕がある。


 ……でも、寝付くのが怖い。

 寝てしまったら、また夢の続きが始まる気がして、寝付けない。


 どうしたものかとスマホをいじっていた時に、綺興ちゃんからもらったあのアパートの情報を思い出した。


 見ると余計寝れなくなるかもよ――とは言われたものの、今更だ。


 私はLinkerのトーク画面を開いて、綺興ちゃんとのトーク画面を呼び出す。

 綺興ちゃんから送られてきた情報――どこかのサイトのアドレスをタップして、ブラウザに表示させた。



 表示されたのは、事故物件や廃墟などを紹介するサイトだった。

 リンク先はすでにアパートの情報ページだったので、私は画面をスライドさせながら、そのページを読み進めていく。



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 嬬月ツマヅキ荘。


 一人暮らしの――とりわけ、天涯孤独に近い若者から人気のあるアパート。

 2DKで風呂トイレ別。エアコン完備。

 建物が年代モノで古くさいものの、多少のリノベーションなどはされている為、内装も悪くない。

 これで家賃が六万二千円というのは、この町の相場からすると破格だ。この町で同等のアパートの家賃相場なら十万から十二万くらいなのである。

 加えて、天涯孤独に近い若者に人気があったのは、大家も似たような境遇だったから、そういう若者に甘かったというのもあるだろう。

 大家には息子がいたそうだが、家出してそれっきり。息子が何をしているのかと知ったのは、息子が事故死したことで、その報告か届いたからである。


 大家のことはさておき。

 人気があるとはいえ年代モノの建物だ。

 さすがに、老朽化が看過できないレベルになってきた。


 その為、建て直しが必要である理由で、入居者は退去を命じられていた。

 ところが、二名ほどいつまで経っても立ち退かない住民がいたらしい。


 一階で暮らす男性と、二階で暮らす女性。

 電話には出ないし、何度手紙を出しても反応しない。

 何度か訪問したものの、居留守なのか出かけているのか反応がない。


 大家は途方に暮れながらも根気強く、二人に会おうとしていた。

 そんなある日、大家はふと男性の部屋に対して違和感を覚えた。


 ポストに光熱費などの請求書が詰まっている。

 一ヶ月二ヶ月ではない。一時的な停止措置をしたという手紙まで入っているのだ。


 いつからライフラインが止まっていたのかは分からないが、少なくともその状態でもまだ男性は住んでいたことになる。

 いくらなんでもおかしいのでは――と思った大家は警察に相談。


 合い鍵を使って、警察とともに中に入ってみることとなった。

 部屋の中はゴミ屋敷のようになっていて、ゴミ袋が大量においてある。


 ゴミの臭いだけでは説明の付かない悪臭から、大家はこの部屋の大掃除を覚悟した。

 こういう孤独な若者が集まる建物だ。今回のような経験が皆無というワケではない。

 建物や土地に曰くが付くが、せめて自分だけでも冥福を祈り弔ってやれれば――などと思い、何度か葬式をあげてあげたこともある。


 だが、大家のその覚悟――今回は無駄に終わった。あるいはもっと別の覚悟が必要になったというべきか。


 あちこちに虫が涌いているのを気味悪がりながらも部屋を調べていくと――男性の姿はなかった。

 最初は夜逃げを疑われたものの、男性の財布や通帳、携帯電話などは残っていた。


 何らかの事件の可能性を考慮して現場を保存するべく、取り壊しの予定は一時的にキャンセルすることとなった。

 それだけで終われば、もしかしたらこのアパートがここまで放置されなかったのかもしれない。


 大家と警察が男性の部屋を出ると、小太りの男性とはち合わせた。

 スーツの似合わないその小太りの男性は、このアパートに住む女性の上司だったそうだ。

 ここ最近、無断欠勤が続いており連絡も付かなくなったので様子を見に来たと言う。

 大家と警察は、小太りの男性とともに女性の部屋へと向かうことにする。


 大家の持つ合い鍵で中に入ると、女性の気配はない。

 下の階の男性と違い綺麗に片づけられたその部屋の和室。

 乱れた布団は赤黒く染まり、同じ色の水たまりを作っていた。


 後にその液体から、住民の女性のDNAが検出されたという。

 その後、男性の部屋からも同様の液体が検出された。しかしそれから検出されたのは女性のDNAであり、男性ではなかった。男性の行方は分からない。


 後日、大家と、大家とともにた警官、何人かの捜査官が失踪。

 アパートの敷地内に複数の赤黒い水たまりがあり、調べたところ、それぞれから失踪者のDNAと……そして二階に住む女性のDNAが検出された。


 アパートの管理権は大家の孫へと移った。

 大家自身は自身を天涯孤独だと思っていたのだが、出て行った息子たちには孫がいた。

 その為、その孫たちにアパートの管理権は移ったのだが――


 警察が調査を終え未解決事件に至った今でも、不気味すぎて放置されているという。


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 そこまで読み終えて、私は仰向けに寝転がりスマホを放り投げる。


 ここまで心底から読まなきゃ良かったと思う記事もない。


 このサイトの内容をどこまで信じていいのか分からないけれど……。

 だけど、まるっと全部を信じた時――私が和室で踏んだのは、乾くことなく今もなお残っている女性だったという液体ということになる。


 その時点で、もう泣きたい。

 しかも、全員というワケではないにしろ、部屋に入った人たちが液体化して死んでいる。


 死んだ人たちと死ななかった人たちに差があるとすれば――


 私は悪夢を見た。

 綺興ちゃんは平気そうだった。


 ――液状化して死ぬトリガーは……もしかしなくても……。


「……虫に犯される悪夢ユメ……?」


 口に出して、さらなる後悔をした。

 死が間近に迫っているのだと、いやがうえにも自覚してしまったのだから――


 死にたくない。だけど相談する相手もいない。

 私は絶望しながら、気がつくと朝を迎えていた。


 オカルト能力という秘密こどくを抱えていきてきた私だけど……。


 死ぬかもしれないこの秘密は、誰に相談しても信じて貰えそうになくて、もしかしたら生まれて初めて、秘密を抱え続ける一人ぼっちでいることに、恐怖と絶望を覚えたかもしれない。


「やだぁ……やだよぉ……」


 ここは上京して一人暮らしをしている部屋だ。

 弱々しく涙を流しながらその言葉を繰り返しても、手を差し伸べてくれる人はどこにもいなかった。


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