孤独な蠱毒 - アイロニー・コロニー - その6
アパートから離れたあと、『嫌なカンジが収まらなくてどうしても外へ出たかった。脅かしてゴメン』と
それに対して、向こうも『調子乗ってゴメン』と言ってくれたので、まぁおあいこだ。
「最後、めっちゃ慌ててたけどどうしたの?」
「布団ズラしたら例の液体と一緒に、虫が……」
「虫?」
「ゴキブリとかムカデとかの大群……」
「……ああ」
納得してくれたようで何より。
あれは真っ当な虫でない気がするけど、それを言うとまた綺興ちゃんの好奇心に火が付きかねないので黙っておく。
それからお互いの手がドロドロになっているのに気づいたので、近くの公園で手を洗って解散だ。
「今日は付き合ってくれてありがとね、存歌」
「ううん。こっちこそ奢ってくれてありがと」
何とも濃い数時間だったな。
私は小さく息を吐きながら、自宅のアパートへと向かうのだった。
その日の夜。
しっかりとシャワーを浴びて、布団に入った記憶がある。
(……夢?)
カサカサ、ガサガサという音がして目が覚めた。
汚れた……見覚えのない天井。
自室のベッドの上ではなく、和室の布団の上に横たわる自分。
(身体が、動かない……?)
かなしばり――という奴だろうか。
初体験だ。オカルト好きの綺興ちゃんなら喜びそうだけど、私はちょっと勘弁して欲しい。
指先とつま先にゾワゾワした感触があってそちらへと視線を向ける。
身体が上手く動かないので足を見るのは無理だけど、手は見れた。
その手には――
(ヒィ……な、なに……これ!?)
うぞうぞと、ゴキブリにも似た黒い虫がたかっている。
振り払おうにも、身体が言うことを聞いてくれないので振り払えない。
(あ……声も、出ない……)
やだやだやだやだ……!
例え夢だとしても、こんなおぞましい悪夢は勘弁して……!
ゴキブリに似た虫だけでなく、ムカデや蜘蛛、サソリに似た虫たちも私の身体中にたかっている。
うぞうぞと
ムカデが左足に巻き付いて締め上げてくる。
ギチギチとした締め付けと、無数の足がガサガサ這い回る感触。
全身の鳥肌が止まらない。
だけど、これは悪夢の序章。
だって――私の身体にたかっている虫たちは、ただただ私を拘束するのが役割だったんだって、すぐに気づいたから。
(っていうか、裸……! 私、裸だ……! なんで?)
さらには、その事実に気がついて余計に混乱する。
全裸で金縛りにあって、虫にたかられて、そして――
(な、なに?)
ヌっと、大きい影が現れた。
雰囲気はゴキブリ、シルエットはメスのカブトムシ。
怪しい赤に輝く目。
なによりの特徴は、私の身長の半分くらいのサイズという大きさ。
それが私に覆い被さってきた。
虫の顔が私に近づいてくる。
虫じゃない。虫に似ているけど虫じゃない。
何かと聞かれたら分からない。
少なくとも私の知っているゴキブリやカブトムシとは異なる顔。
そいつの口らしきところが開く。
何か、ヌラヌラと、あのアパートで見た液体のような色の汁を滴らせながら、管のようなものが顔を出す。
それを私の口元へと近づけてくる。
管全体がヌラヌラ、ダラダラと汁を滴らしている。
ポタポタと胸の上に落ちてくる液体が怖い。
糸を引き、裸の自分の上に、正体不明の赤黒い液体が無数に落ちてくる。
生暖かく、生臭く……血のようなそれが身体を伝い、脇へと流れ――
例えその液体が無害だったとしても、この状況で正気を保ってはいられない。
(やだ……やだやだ……!?)
なにをされるのか分からない。
いや、分かり切っているのかもしれない。
太股に激痛が走った。
サソリのような影が、尻尾の先を私の太股に突き刺している。
(痛いッ!?)
ただ激痛の奥に認めてはいけない甘い何かを感じた。
何であれ、私は口を開けた。私の意図ではなく、痛みに対して反射的に。
その瞬間、私の口の中に、虫の口から伸びる管がねじ込まれる。
(あ、が……息、窒息しそう……!)
滴る液体が口から溢れる。
だけど虫は気にせずに管を通して何かを吐き出してくる。
口の中に、タピオカのようなモノが溢れてきた。
勢いよく吸い上げたタピオカがのどの奥へ飛び込んでいくように、何度も何個も、叩きつけるように。
喉の奥に流れていく。
喉に落ちなかったものは口の中に、液体と一緒に溜まってく。
口の端からダラダラと垂れるけど拭うことはできず、苦しくなって卵のようなモノと一緒に飲み込んでしまう。
ポコポコ……ポコポコ……と何個も何個も口の中へ喉の奥へと注ぎ込まれ、耐えられず液体ごとそのタピオカのような触感の何かを、何度も何度も飲み下す。
(……もしかしなくても、卵……?)
そんな想像をした瞬間、自分の身体にたかるような黒い虫たちが、自分のお腹を食い破って飛び出してくる様子を
(やだ……死んじゃう、そんなの死んじゃう……)
生まれた子供たちも身体にたかり、身体を喰らい、やがて自分もただただ赤黒いだけの液体になってしまう。そんな
気がつけば私は、液体になっている。これが夢なのか現実なのかが曖昧になっている。
液体だけになっても意識はぼんやりあり、慈しむような心地で自分という液体から、虫たちを生み出し続ける。
私という液体を誰かが踏む。
見上げると――そこには、綺興ちゃんがいた。
あまりにも寂しいから、寂しくて、一人は嫌で。
温もりがほしくて、誰かが隣にいてほしくて。
誰よりも孤独を感じているから、誰かの孤独を上書きしたくて。
人間としての姿だけでなく、理性も心も液体になっている私は、緩慢な思考で、このお友達を、私という液体の中に招こうと、一緒になろうと、
溶かして、潰して、一緒に混ざり合う為に……
命が冷える。冷やしてしまう。冷たくなれば命が消える。
取り込んでも温もりが手に入らないなら、もうこの命は、凍らせて――
…
……
………
「ダメ――……ぇッ?!」
ガバリと起きあがる。
呼吸が荒い。心臓が早鐘をうつ。気持ち悪い。
「はぁ……はぁ……」
最悪も最悪な悪夢だった……。
感触も、感覚も、妙にリアルで……本当に襲われているようで……。
あるいは、本当に、綺興ちゃんの身体を……文字通りかじり付いているかのような……。
そう思った瞬間、私は口を押さえてベッドから飛び降りた。
急いでトイレに向かって、胃の中のモノをぶちまける。
「おぅえ……ぅえぇぇ……」
吐き出す中身に、当たり前だけど虫の卵のようなモノはない。
もちろん夢なのだから、綺興ちゃんのお肉とかもありえない。
だけど、滴る液体と、卵の感触と血肉の味と臭いが。
鮮明に明確に思い出せてしまった。
現実ではないはずなのに、お腹の中があの液体と卵らしきモノと血肉でいっぱいになっている錯覚が収まらない。
吐いたって無意味だ。実際に私の身体の中にそんなものはない。
理性ではそう分かっていても、感覚と感情が納得しない。
結局、私は自分自身の感覚が落ち着くまで、延々とトイレで吐き続けた。
そして――
・
・
・
「……あさ?」
トイレの小窓から漏れてくる光で、夜が明けてしまっているのに気づく。
吐き続けたまま疲れ果てて、トレイの壁に身体を預けてうたた寝してしまっていたらしい。
「いま、なんじだろ?」
枯れた声で独りごちながら、何とか立ち上がる。
トイレから出て洗面所で顔を洗い、口を
口の中に、あの生暖かくて赤黒くてヌルりとした液体の感触が残っている。
何度濯いでもその錯覚が無くならないから、五度目くらいで諦めた。
鏡に映る自分の顔はひどい。
目の下のクマは大きいし、頬もこけてしまっている。
たった一晩でひどいありさまだ。
洗面台の横にある浴室環境の操作盤を見る。
時計ボタンに触れて、表示を時計に変えた。
「……八時半、か……今日は十一時からの講義だけは受けないと……」
ほぼ一晩中吐いてたせいもあって体力的にも精神的にもボロボロだけど、単位だけは落としたくない……。
ここから大学までは、電車の待ち時間を考慮しても一時間もかからない。
私は熱めのシャワーを浴びて無理矢理に目を覚ますと、手早く準備を整えて、家を出るのだった。
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本日はここまで٩( 'ω' )و
続きは明日になります
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