孤独な蠱毒 - アイロニー・コロニー - その8
今日は学校もバイトも休んだ。
二日連続の寝不足に加えて、自分も近いうちに死んじゃうのではという恐怖心で動けなくなったともいう。
ロクに食事もできない。
ご飯やカップ麺はもちろん、ポテトチップスみたいなスナック菓子すら食べられない。
それでも何とか麦茶だけは口にして、ベッドの上で小さくなっているうちに、夜を迎えた。
寝なければ悪夢を見ないはずだと――そう思っていたけど、空腹と寝不足で体力が落ちている以上、眠気にあらがえるわけもなく……。
気がつくと寝落ちていて、そして三度目の悪夢を見る――
親玉虫が三匹に増えていた。
前回、口とお尻をやられている。
そうなると、あとは……。
「……ッッ!!」
目を覚ます。呼吸が荒い。心臓が早鐘を打っている。
最悪な下着の濡れ方をしていることに気づいて、ベッドから降りる。
身体がふらつくけど、シャワーを浴びたい。着替えもしたい。
クローゼットから、パジャマ代わりの着替えを取り出して、脱衣所へ。
汗とかで色々と濡れた服と下着は、洗濯カゴではなく洗濯機へ。
浴室に入り、シャワーの温度を確認しながら浴びる。
嫌な汗を洗い流してくれるようにで、気持ちがいい。
三度目ともなれば馴れたもの。嘔吐はしなかった。
……馴れたというか、嫌悪が薄れたのか。
今ならあのアパートの赤黒い液体で塗れた布団でも横になれそう。
……って、あれ? そもそも夢の中の私は、虫たちにもてあそばれることを楽しんでなかった……?
ゾワリと鳥肌が立つ。
そもそも、あのアパートの湿った布団の上で横になっても、今なら平気かもだなんて――そんなことがどうして脳裏に過ぎったんだろう。
あのアパートに関わった人たちがみんなアパートの敷地内で液体化していたのはどうしてだろう……そんな疑問が、今の自分の思考と結びついた。
「悪夢を見続けて、嫌悪が薄れて、アパートに足を運んでしまった?」
自分を
シャワーを止めたあと、私は立ち尽くす。
身体が急速に冷えていくのは、身体が濡れているからだけじゃないんだろうけど……ほんと、どうする……どうすればいい?
誰にも理解されない。誰か理解してくれる人がいればぶちまけたい。
あるいは、悪夢の内容をぶちまけたい。怖いのだと、一人にしないでと泣き叫びたい。
だけど、夢の内容が内容だ。
虫に犯される夢。今日に至っては少しばかり受け入れて気持ちよくまでなっている。
そんなことを他人に口にしづらい。
誰でもいいからぶちまけたいのに、誰かに口にするのははばかられる。
綺興ちゃんはダメだ。
むしろ興味を持って自分から夢を見ようとしかねない。
そうしたら、彼女は液状になってしまう。そんな結末は絶対ダメだ。
でも私は綺興ちゃんとちがって交友関係が狭い。
こんなことを相談できる相手なんて、存在してないわけで……。
どうしたら良いのか分からないまま、私は浴室を出て身体を拭くと、替えのシャツとスウェットのズボンを着てベッドに戻った。
ベッドサイドにおいてあるスマホを見て、今日は全然見てなかったなと気がついた。ベッドに腰掛けながらスマホを開く。
「マスターから?」
バイトをしている喫茶店のマスターから、Linkerでメッセージが届いている。
「明日はどれだけ体調悪くても来るように?」
ある程度の事情は把握しているから、お昼頃に来るように……と、ある。
マスターにはなにも事情を話してないのに、どうして知ってるんだろう?
《オカルトや怪奇現象、呪いなどに詳しい知人を呼んでおくからね》
その文面に、ポロポロと涙がこぼれてだした。
本当に、事情を把握しているの? 本当に、助けて貰えるの?
あのマスターなら嘘を言わないと思う。
そう思ったら、
誰にも口に出来なかったのは、夢の内容もさることながら、あきらかなオカルト案件だったからだ。
どう考えても、なにを言っているんだ――と真面目に取り合ってもらえないと、そう思っていたからだ。
だけど、マスターからのメッセージのおかげで、諦めて閉ざしかけていたものが、開いていく。
今からなら気持ちよく寝れる気がする。
クリアになった心持ちのまま、私はベッドに転がった。
で、結局――また虫にやられる悪夢を見たんだけどね。
なんか夢の中で私、結構気持ちよく喘いでた。
……夢の中でとはいえ、あの虫たちをかなり受け入れちゃってるの、ちょっとマズすぎる……。
翌朝、また下着を洗濯機に放り込まないといけなくなっていた。
まぁ改めて夢を見た時点で想定はしてた。
とはいえ、ここ数日に比べるとスッキリはしている。
希望が見えたことと、呪いの類の影響とはいえ夢への嫌悪感が薄らいでいるので、グッスリと寝れたんだと思う。
それはそれとして――悪夢を見始めてからこっち、かなり家事をサボってたから、そろそろ替えの下着の在庫が怪しいのが少し困る……。
今日の帰りにでも買ってこようかな……。
ともあれ、今日はバイト先へ行く。
マスターにも心配かけちゃってるみたいだし、なぜか色々把握して色んなこと手配してくれてるみたいだし……いやぁ頭あがんないなぁ。
シャワーを浴び、髪を整え、完全には消えてない目の下の隈を誤魔化す程度にメイクをして。
乾かす為のハンガーに掛けたのままカーテンレールに吊してあった外出用セットの一式を手にして、着替えを終える。
ショルダーバッグ、スマホにお財布、家の鍵。
交通マネー付き定期券の入ったパスケース。その他諸々の確認。
準備から家を出るまでの、いつも通りのルーティーン。
昨日、一昨日と比べるとちゃんと身体も動いてくれる。頭だって回ってる。それを自覚できているのがちょっと嬉しい。
「荷物よし。行こう」
玄関のドアを開けると、太陽の光が眩しい。
その眩しさに目を眇めながら、私は玄関に鍵をかけた。
やってきたのは自宅のアパートの最寄り駅。
駅前以外は田んぼや畑が多くてちょっと田舎っぽい感じなんだけど、駅前にはコンビニはもちろん、ファミレスにカフェ。本屋に、百均、ドラッグストア――と色々そろっているので結構便利。
時々、明らかにヤのつく職業っぽい人が駅前の不動産屋さんや、ファミレスとかに出入りしているのを見るので、それだけがちょっとネックかもだけど。
ともあれ自宅からここまで徒歩で十分くらいなのも立地として最高だよね。
この駅は、快速も止まるし、都心まで乗り換えなしで行けるのも結構大きい。
もちろん大学の最寄り駅までも電車で一本なので、良い場所に家を借りれたなって思ってる。
バイト先もその大学の最寄りである
そして電車で揺られているうちに、うたた寝してしまったら、また悪夢を見た。
電車が虫の集団に襲われる夢だ。
現実ならパニック映画のような展開のはじまりだけど、夢は夢。
男性客の姿が見えなかったけど、どうしてかな――とは考えない。
……で、私を含む乗客――特に女性はあれこれひどい目にあってた。
内容は伏せるけど、ご想像の通りだよ。いつもの夢の延長みたいなモノだし。
まぁ目覚めは最悪だけど、幸いにして下着が濡れるようなことはなかったのでヨシ。
寝言で変なことを口走ってないことだけ祈っておこう。
ところで、横に座ってたお兄さんが妙に赤かったんだけど、どうしたんだろう? 風邪だったのかな? 私に
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