孤独な蠱毒 - アイロニー・コロニー - その4
「おおー! 雰囲気あるねー」
スマホを構えながら口にする綺興ちゃんに、私はうなずく。
正直、佇まいからして不気味で、一人では決して近づけない雰囲気だ。
「ほんとだね……」
そこは、細いわき道の奥――長い直線の袋小路にあるアパートだった。
自転車やバイクなら出入りは可能だけど、車は軽でも無理そうな道の終点にあるという時点で、立地は少し悪い。
赤錆でボロボロになってほとんど役目を果たせなくなった門を乗り越えて、私たちはアパートの敷地へと足を踏み入れる。
役割が果たせなくなっていても門は門。
それを乗り越えるのは少しばかりの罪悪感はあったけれど――
でも、それを踏み越えれば……ここに来るまでの細道が一気に開けるせいで、視界が大きく広がったような錯覚に襲われる。
案の定、駐車場などはなさそうだ。
車が必要な人は近所に別途で駐車場を借りるスタイルだったのかな?
このアパートの周辺にも一軒家やアパートが並んでいるものの、このアパート側の塀が高いせいもあってか、妙な威圧感がある。
閉鎖的というか隔絶されているというか。
それに人の気配がない。
塀が高いせいか、周囲の家の人の視線のようなモノすら感じられないからか、よけいに不気味。
空が見えるのに、まるでここは箱の中。
外からは中の様子が分からない、マジックミラーのような壁に包まれているかのよう。
アパートの名前は
読めない人が多かったのか、門のところの黴びた木製の看板に手書きのフリガナ付きで書いてあった。
棄てられてしまっているので、草むしりとかは当然されない。
名前の知らない草がだいぶ伸びている庭を、文字通りかき分けながら歩いていく。
「駐輪スペースの自転車もバイクもボロボロだ」
「ほんとだ。住んでた人が放置しちゃったのかな?」
綺興ちゃんが言うように、屋根――だったんだろうけど歪んでU字みたいになってる――の下で、いわゆるママチャリと、スクーターが倒れている。
「窓とかから中を見れる場所ないかな」
そういって一階の周囲をぐるりと見て回る綺興ちゃんにくっついて、私も一緒に歩く。
当然どこも鍵はかかってるし、雨戸ないしカーテンでふさがれているしで、中は分からない。
「この部屋は雨戸がないのかな?」
綺興ちゃんはカーテンで隠されている部屋を、その隙間から覗きこもうと挑戦するもダメだったらしい。
「うーん、真っ暗で分からないな」
興味本位で能力を使い窓を見てみると、その内側にカサカサ、ガサガサ、ゴソゴソ、ズリズリという音が見える。
触るのは難しそうなので、何の音かは分からない。
だけど、かつて生活していた人の音か何かだろう。
使いっぱなしだと疲れるので能力を切って、綺興ちゃんのあとを追いかける。
そうして綺興は歩きながらあちこち撮影して、外側を一周し終えた。
「それにしても、敷地の割にはアパートちっちゃくない?」
「言われてみれば……」
建物に囲まれながらもぽっかりと口を開けたようなこの空間。
建てようと思えばもう一棟、同じ建物のを建てられそうな広さはある。
「大家さんがお庭欲しかったのかな?」
「どうだろうねぇ」
少し離れて、綺興ちゃんが外観を撮影する。
その時、何かに気づいたようだ。
「ねぇ存歌。二階の真ん中の部屋。玄関が少し開いてる」
「え?」
「……覗いてみない?」
綺興ちゃんはワクワクした様子だけど、さすがにちょっと怖いな。
「その……一人だと、さすがに勇気ないから来て欲しいんだけど……」
怖いのは綺興ちゃんも同じようで、身体を縮めて上目使い気味に手を合わせたお願いされちゃうと、ちょっと断りづらい。
とはいえ、私もたっぷりと悩むというか困ったようなポーズは取る。
正直怖い。綺興ちゃんのお願いでなければ断りたいほどに。
だけどまぁここまで来ちゃったんだから仕方ない。最後まで付き合おう。
「……分かった。私も怖いから、長居はしたくないけど」
「うん。ちょっと覗くだけだから。先っちょだけ先っちょだけ」
一瞬にして、ちょっと覗くが信用できなくなったのは気のせいかな?
アパートの側面についている階段に足をかける。
「さびさびでボロボロだ。手すりとか触らない方がいいかも」
「触りたくもないよ……」
赤錆って服とかに付くとなかなか落ちないし。
触って砕けた破片とかで手を切っちゃうと大変そうだしね。
「これ、昇っても落ちないよね?」
踏みしめるとギシギシと音が聞こえてくる。
「まぁ揺れたりはしてないし大丈夫じゃない?」
私の不安に、綺興ちゃんはちょっと無責任な調子でそう答えて昇っていく。
ううっ……一人じゃ怖いってたぶんその場のウソだったんじゃ……。
綺興ちゃんのことを思って了承した私の良心を返して――などと胸中で、ぼやきながらも階段を昇りきる。
二階の廊下も階段と大差ない感じで、歩くのが少し怖い。
「やっぱり開いている」
「今更だけど、いいのこれ?」
「怒られる時は一緒だよ、存歌」
「死ぬ時は一緒だよみたいな調子で言われても」
ぼやく私を無視するように、綺興ちゃんはドアノブに手を掛けた。
「ここも錆びててイヤだけど、興味の方が強いから……」
「錆びで諦めてくれればよかったのに」
小さくうめく私の声など聞こえていないように、綺興ちゃんがドアを開け放つ。
「ご開帳!」
ゾワリ――
瞬間、私の全身に鳥肌が立った。
闇が、いや闇のような虫の群れがザァーっと引いていくのが見えた。
フナムシの集団が一斉に引いていくような……。
岩をひっくり返すと、そこにいた虫たちが一斉に慌てふためくような……。
それにも似た闇の引き。
ただ明かりが入ったからではない何かが
「やっぱ、結構カビくさいね」
ためらいなく入っていく綺興ちゃん。
鳥肌のせいで足を止めている私へと振り向き、訊ねてくる。
「どしたの?」
「虫……」
「虫?」
「いま、ドアが開いた時に、虫の群れみたいのがザァァァって」
「そんなのいた? 全然気づかなかったけど」
光から逃げるように引いたあの虫たちを、見逃すなんてありえない。
ましてやドアを開けたのは綺興ちゃんだ。私よりもハッキリとそれを目の当たりにしても不思議じゃないのに。
「まぁでも虫くらいいるでしょ。ゴキブリとかカメムシとか」
カラカラと笑うように、綺興ちゃんは玄関をあがっていく。
ゴキブリやカメムシ。
なるほど、そうかもしれない。だけど、そうじゃないかもしれない。
むしろそうじゃない気がする。
もしかしたら、綺興ちゃんが視えていない虫だとしたら……。
私自身が、ふつうの人には視えないモノを視るチカラがあるからこそ出てくる考えかもしれないけれど……。
たぶん、なにを言っても綺興ちゃんはここで止まらない。
でも、もし――私にしか視えない虫だったら、タダの虫じゃない。
「守らなきゃ……」
小さくつぶやく。
元々友達を作るのがヘタだった私。
上京して華々しく大学デビューなんて期待してたけど、結局は一人ぼっちのままで。
そんな私に手を差し伸べてくれて、寂しい思いから解放してくれたのは綺興ちゃんだ。
私は綺興ちゃんに返せるものはないけれど、だけどそれでも……こういう時になら守れるかもしれないから。
本物のお化けとか怪奇現象とか、あの虫の正体がそれ系だとしたら――きっと、視える私にしか、綺興ちゃんを守れない。
だから私も玄関に踏み込んでいく。
私の恐怖は気づかぬうちに、性質が変わっていた。
ホラー的な恐怖から、友達を失うかもしれない恐怖に……。
玄関を抜けてリビングに踏み込んだ時、視界の端に、楕円形の虫の陰らしきモノが映った。
その虫が、まるで手招きしているように感じたんだけど……それは錯覚だと思いたい。
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