孤独な蠱毒 - アイロニー・コロニー - その3


 大学と駅にの間にある商店街。

 シャッターも多いけど、まだまだ活気あるこの商店街――から、少し道をはずれて住宅街に入っていた先。


 周辺はやや寂れ気味ながら、公立の中学校と高校、そして大きめの公園があるおかげで、人はそれなりにいる。


 そして公園周辺にはいくつかのコンビニと、恐らくは長年愛されているだろう地元のお弁当屋さんと、定食屋さんにクリーニング屋さんにタバコ屋さんといったラインナップ。


 そんなラインナップに混ざる、小さな――だけど真新しいお店。そこが私の目的地。

 地元民でもなければ来ないだろう場所にある、このお店の名前は『パオパオ茶房』。


 だいぶ周回遅れな気がするけれど、ここ最近開店したタピオカドリンクのお店だ。


 そのお店の裏手に近い場所に、狭いながらも雰囲気の良いテラスのような飲食スペースがあって、そこに私たちは座っている。


「なにを奢らされるのかと思ったらタピオカか」

「なにをそんなに警戒してたの?」


 安堵したように口にする綺興ちゃんに、私は思わず苦笑する。


「あんな改まって言われたら、一万円レベルのお店とか警戒しない?」

「そうかな?」


 私は注文したタピオカ入りのミルクティーを口にしながら、首を傾げた。


「しかし、ブームも落ち着いたのに、奢りでタピるとはねぇ」


 タピオカ無しのストレートティーを飲みながら、綺興ちゃんがそんなことを言っている。

 それに、私は反論した。


「ブームは去ったけど、私は好きだからいいでしょ。

 こう――世間はともかく私にとってのブームは終わってないから」

「そうじゃなきゃこんな外れにできた新規店舗なんて来ないよねぇ」


 綺興ちゃんは苦笑する。

 だけどバカにした感じはなくて、むしろそれなら仕方ないって感じだ。


「そして個人的には大当たりのお店だった」

「そうなの?」

「うん。お茶も、アイスで……それもミルクやタピオカを入れて飲むのに合わせた淹れ方してるみたいだし、タピオカそのものも市販のモノじゃなくて粉からの手製じゃないかな」

「なにがブームは終わってないよ。存歌の場合、完全に沼ってるじゃない」


 くつくつと笑う綺興ちゃん。


「沼……そうなのかな?」

「一口二口でそこまで分かるってだけで相当でしょ」


 そ、そうなんだ。


「自分ではあんまり自覚なかったかも」

「いーんじゃない? そういうモノが一つでもあった方が楽しいんだから」


 まぁ確かに。

 だいぶ店は減ったけど、今日みたいに新しいお店に足を伸ばしたりするのは楽しいのは、そうかも。


「あたしはシガタキ君に沼ってるのと同じでしょ?」

「え? タピオカとVチューバーって同じなの?」

「ジャンルはまったく違うけど、推しとか沼って感情的には同じじゃない?」

「そうかな?」

「そうだって」


 うーん。同じなのかな?


「そうだ! シガタキ君って言えばさ。彼、怪奇スポットとか募集してるんだよね……ってそうか存歌はシガタキ君のコトよく知らないよね。そこから説明するとさ――」


 明城メイジョウ シガタキ。

 発音的には、根性シラタキ。


 世界的に有名な動画サイトであるグレイチューブで動画を配信している、いわゆるヴァーチャルGチューバー。

 ユニヴァース・ランという事務所に所属しているらしい。


 地球について勉強する為にやってきた宇宙人という設定で、本体は地球人からすると口に出すのもはばかれる姿をしているとか。


 そんな彼の動画の中でも人気が高いのが、何でも怪奇スポットや廃墟とかを巡ってリポートすること。


 時々視聴者――ファンのコトをビヤッキーと称しているらしい――から、情報を募集しているそうだ。


 その情報が採用されると、シガタキ君の本体――要するに演者さんのコトらしい――が、スタッフと一緒に取材しに行くんだそうだ。その際に、情報の発信者も同行できるらしい。


 説明がやや早口だし、ファン同士の専門用語みたいのも混ざってて分かりづらかったけど、要約するとそんなところだろう。


「えーっと、それでそのスポット募集がどうかしたの?」

「ここに来る途中に、いい感じのボロアパートあったじゃない? ちょっと、付き合ってくれない?」


 確かに来る途中の横道の奥に、放置されてだいぶ経っているっぽいアパートが見えたな。


「いいけど……行ってどうするの?」

「んー……外観を写真とって、余力があればアパートの中も覗きたいよね」

「不法侵入じゃない?」

「怒られたら怒られた時だって」


 んー……いいのかなぁ……。

 綺興ちゃんは完全に行く気まんまんだし、仕方ないか。


 私たちは手元のドリンクを一気に飲み干し――


「けほけほ」

「存歌、大丈夫?」

「うん……タピオカが勢いよくの喉の奥に飛び込んできて」

「あるある」


 ――改めて、飲み干すと私たちは立ち上がる。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまー」

「ありがとうございましたー!」


 テラス席に、飲み終わった容器はスタッフまでと書いてあったので、私たちは、氷の残ったプラ容器をお店の人に手渡した。


「それじゃあ行こう、存歌」

「なんかイキイキしてるなぁ」


 普段から明るい綺興ちゃんだけど、ここまでグイグイ引っ張っていくタイプじゃなかったよねぇ……。

 まぁそれだけ、シガタキ君とやらにハマってるんだろうなぁ。


 沼とか推しとかよく分からないんだけど、自分の好きなモノに一直線で、楽しそうにキラキラしてる人を見るのは好きなんだよね。


 私にはそういうキラキラすることがないから、尚更に。


 などとぼんやり考えている私の手を引きながら、綺興はボロアパートに向かってズンズンと進んで行った。


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