孤独な蠱毒 - アイロニー・コロニー - その2
「良かったッ、まだココにいた!
「どうしたの? そんなに慌てて」
大学で今日受ける予定にしていた最後の講義を終え、帰り支度をしていた。
すると、友人が私の名前を呼びながら駆け込んできた
そんな友人の様子に私が首を傾げると、彼女は必死に訊ねてくる。
「存歌は探し物が得意だったよね?」
「別に得意ってワケでもないんだけど」
彼女に問われて、私こと
「そうなの?」
すると露骨にガッカリした様子を見せる。
その姿を見た私は、気づかれないように息を吐いた。無碍にするのも気が引ける。
だから私は友人――
上京してきて、最初に出来た大切な友達だ。困っているなら助けてあげたい。
彼女以外にロクに友達がいないので貴重とも言うけれど。
「まぁ探すくらいはするよ。無くしたのは何?」
出来れば音がでるモノであって欲しいな――とは口に出したりはしないけど。
「ストラップ! 推しのイベント限定の奴なの!」
オタク気質の友人の必死さに、分かった分かったと立ち上がる。
それだけ大切なストラップなのだろう。ある程度のヒントがあれば、何とかなるかもしれない。
私のチカラで探せるモノなら助かるんだけどなぁ。
「どこで無くしたの?」
「わかんない……」
「ヒントとか心当たりとかない?」
「……ない……」
うつむく綺興ちゃんには申し訳ないが、私はストンと椅子に座り直し、告げる。
「どんな名探偵でもノーヒントでストラップ探すのはさすがに難しいよ」
「だぁよねぇ……」
しょんぼりしている様子を見るに、本人もそれなりの自覚はあるようだ。
とはいえ、そのしょんぼり具合が大きすぎるので、私は仕方がないなぁと、こっそり嘆息しながら訊ねる。
「そのストラップ、どこについていたの?」
「鞄のここ」
綺興ちゃんが手提げ鞄の持ち手のところを示すので、私はそこを視た。
しばらく凝視していると、ぷつり――という音が視える。
それは、マンガの擬音のような姿をしている。
私は現実にそれが視えるのだ。
ちぎれたのか、留め金が外れたのかは分からない。私に視えるのは音だけだから。だけど、外れる音は確かに視えた。
「ここかぁ」
不自然に見えないように、その音に触れる。
触った感じからして――二時間くらい前かな?
音を視る。
理由は分からないが、私は昔からそんな特技を持っていた。
とはいえ、ふつうの人には音を視るなんてことはできないらしいので、誰にも言ったことはない。
誰にも共有できない――それこそ綺興ちゃんにも開かしていない、私の
ともあれ、その視えた音に触れることで、その音から漠然と情報を引き出せる。
明確な情報じゃないけど、手がかりがゼロよりは全然マシ。
「二時間くらい前、何してた?」
「え? 二時間前?」
私が訊ねると、彼女はスマートフォンを取り出して時間を確認する。
今は十五時をちょっと過ぎたところだ。二時間前だと十三時くらい。
その時に綺興ちゃんがどこに居たのかわかれば、探し始めのとっかかりにはなるかな。
「食堂にいたかも」
「それじゃあ、今から食堂に行こうか。
そこを中心に、情報を絞ってこう」
私の言葉に綺興ちゃんが顔を上げて目を見開く。
よっぽど大切なストラップだったのだろうね。諦めで涙が滲みかけていた瞳に、生気が戻ったみたい。
「探してくれるの?」
「見つかる保証はないよ」
「それでも、ありがとう!」
抱きついてきた彼女を適当に引きはがし、私たちは二人で大学の食堂へと向かった。
私は瞳にチカラを込める。
このチカラの出力を調整してあげると二時間前の音が視えるんだ。
このチカラを維持するのは疲れるし、何より世界が音に満ちすぎていて、視界の邪魔にはなってしまう。
それでもまぁ、このチカラが人の役に立つなら悪いコトじゃあないかな。
視界のあちこちにチラつく二時間前の音の群れに、顔をしかめながら小さいく息を吐く。
あんまり使いすぎると頭痛もするから、すぐに見つかってくれるといいんだど……。
そんなことを思いながら食堂に入ると、すぐにストラップの落ちる音を見つけた。
ただ、ここで落ちたと確定するような言い方をすると不信がられちゃうだろうから――
「まずはおばちゃんたちに落ちてなかったか、聞いてみよう」
「うん」
三時頃ともなれば、利用しているお客さんもまばらだ。
おばちゃんたちもそこまでは忙しくなさそうだから、声も掛けやすい。
食堂のおばちゃんたちに訊ねると――
「ああ! あるわよ!
うちの娘もこういうのいっぱい集めててねぇ……一個一個大事にしているみたいだから、あとで探しにくるかもって、とっておいたのよ」
――掃除の時に拾って大切に取り置いておいてくれたのを確認した。
「良かったぁ……ありがとうございます!」
こうして、友人の手元にストラップが戻ってくるのだった。
おばちゃんたちにお礼を告げて、私たちはそのまま帰路につく。
校舎から校門までの道すがら、綺興ちゃんはストラップを見ながらにへらにへらしている。
まぁ、よっぽど大事なんだろうなぁ……っていうのは分かるんだけど、そのストラップはなんというか……。
「ねぇ綺興ちゃん。そのストラップ……その、えっと、なに?」
「これ? ヴァーチャルGチューバーの、
名状しがたき姿っていうが、実質黒いタコ足というかイカ足というか……そういう奴にしかみえないんだけど……。
「イベント限定っていうのは?」
「Vさんたち――あ、ヴァーチャルなGチューバーのコトね――が集まるイベントがあってね! このタキシード姿のストラップは会場限定だったんだよー!」
早口で解説されるも私にはよく分からない。
それでも、見つかって良かった――と喜ぶ綺興ちゃんを見るのは、悪い気分はしなかった。
「あ、そうだ! 存歌、バイトの時間は?」
「今日は休み。だから遅刻とかないから大丈夫」
「そっか。捜し物に付き合わせて遅刻させちゃったら申し訳なかったから」
良かったぁ――と綺興ちゃんは息を吐く。
「バイトの日だったとしても事情を話せばマスターも怒らなかったと思うけど」
「それでも、だよ。存歌を借りちゃってお店に迷惑かけちゃうコトには変わりないでしょ。私もあそこにはお世話になってるから、なおさらね」
確かに、綺興ちゃんも良くお店にコーヒーとプリンを食べにくるね。
時々ナポリタンやカレーの大盛りとか注文してるし。
「あ、それはそれとしてだけど。お礼はちゃんとさせてね? なんか奢るよ」
「そう? それなら、ちょっと行きたかったお店があるんだ」
「た、高いのは無理だよ?」
私が笑顔を浮かべると、綺興ちゃんはちょっとだけ顔をひきつらせるのだった。
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