番外編⑤
「騎士団御一行のお戻りだぞおおおぉぉぉ!!」
隣国との境にある城門から雄叫びが響き、あたしはすっとローブをかぶる。開け放たれた門から入ってくる騎士団の顔触れの中心で騎馬する男に、あたしの視線は惹きつけられる。
忘れられるわけがない。
小さい頃から追いかけてきた背中が、麗しい顔が、道の端に寄ったあたしの横を通り抜ける。
グレーアッシュの髪、戦闘後でギラギラと濡れる深紅に瞳。
「ギル」
ぽつりと呟いた瞬間、過ぎ去ったはずの彼の視線があたしに刺さる。
「!?」
結構な距離があったはずなのに、彼は間違いなくあたしに気がついた。
(やばっ、)
「逃げな、」
『そこで待ってろバカ王女』
一瞬動くのが遅れたあたしは、彼のくちびるが暴言を吐くのをはっきりと読み取ってしまった。
彼はあたしが暗部に所属していることを知っているから、動けば間違いなく地の果てまで追いかけてくるだろう。
「………やらかしたわね」
今更ながら背筋に変な汗をかく。
王宮を抜け出した時よりも、パパに怒られる時よりも怖いと感じるのは何故だろうか。
凍りついた背筋からゆっくり丁寧に力を抜いていき、あたしは毅然とした態度で壁にもたれかかり、小さな売り子から買った綿菓子をもぐもぐと頬張る。手と口元がベットベトに汚れるが、それもこのお菓子の醍醐味だ。
———カツン、
軍靴の奏でる涼やかな音に、あたしは流し目を向ける。
視線の先には困惑したように揺れる紅の瞳を持つ、身体をすっぽりと覆うローブを羽織った男。
「………アリエルさま………………」
耳障りの良い声に一瞬絆されそうになったあたしだが、即座に首を振って邪念を振り払う。
「………上手いことやっているようで何よりだわ。温室育ちのあなたがここで上手くやれるか心配していたのだけれど、杞憂だったようね。じゃあ、あたし帰るから。あなたに黄色い声あげてるご令嬢たちのお相手でもしてきたら?」
我ながら可愛げのない言葉が、声が出て、若干引いてしまう。
「………
「そう」
「………この武勲の恩賞として、嫁をもらうことにした」
「………ふぅ〜ん」
彼の真摯な顔に、指先が震えて冷たくなっていく。
(ほら、可愛げがないから振られた)
くるりと踵を返したあたしは、彼の止める声も聞かず、歩き始める。
「そのお嫁さんと仲良しこよしでもしておけば、ばいば〜い」
瞳いっぱいに涙が溜まる。
こぼれないように我慢して、我慢して、あたしは辻馬車へと乗り込んだ。
乗り込んだ瞬間、嗚咽を噛み殺しきれなくなった———。
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