番外編④

 大理石を削り抜いて作った白亜の東屋には、細かくアイビーが彫られている。

 東屋とセットで用意されているティーテーブルには、真っ赤な薔薇と大きなクマのぬいぐるみが飾られている。

 これは、悩み抜いた末に、僕が自分の手で用意し、決めたもの。


 東屋に到着した瞬間、僕は困惑した顔で視線を泳がせているヴァネッサの目の前で跪き、右手を前に出す。


「レディーヴァネッサ、僕に、花の妖精たるあなたをエスコートする権利をお与えいただけませんか?」


 さぁっと風が通り抜け、芳醇な薔薇の香りが周囲に立ち込める。

 舞い上がった真っ赤な花弁が、彼女と僕の間を僅かに隔てた。


「———、」


 僕の行いが脅迫に近しい、否、ほとんど脅迫であることは、僕も重々承知している。

 けれど、僕には、否、彼女にはもう時間がないのだ。


 ヴァネッサのお母さまは有言実行なお方だ。


 縁談を用意したと言ったのであれば、それはもう素晴らしい家柄の、素晴らしい性格を持った、彼女に相応しい、僕では全く相手にならない男性が用意されていることであろう。


 だからこそ、僕はこんな強引な姿勢をとった。

 父さまや母さまはもちろん、兄さまにもこっ酷く叱られる覚悟はもうできている。


 ごくりと唾を飲み込み、緊張で押しつぶされてしまいそうな心臓をどうにか落ち着かせようとした僕は、けれど次の瞬間、小さく安堵した。


 黙りこくってしまっていた彼女が、顔をぶわっと赤く染め上げて瞳をうろちょろと泳がせながら、僅かに弧を描いた細くて赤い唇に声を乗せたのだ。


「わ、私で良いのであれば、………構わない」


 彼女らしい少し武骨な言い方に、おずおずと差し出された剣だこのある戦う人の手に、僕はふわっと頬が緩んだ。


「僕はヴァネッサいいんだ」

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