番外編③


「で?何言い合ってたの?痴話喧嘩?」

「………し、しししっ、失礼でしょう!?シリル!!」


 さらりと言われた言葉にかぁっと顔が熱くなるのを感じながら、あたしは柄にもなく乙女になってしまう。


「そ、そそそっ、そうですよ!?シリル殿下!!私のような伯爵家の三男坊が痴話喧嘩できる立場などっ、王女殿下に対して失礼です!!」

「いやっ、あたしに対してじゃなくてっ!!」

「いえいえっ!あなたさまに対してっ!!」


 声を張り上げるあたしと、ぶんぶん手を振っているジルの言い合いに、シリルが大きな溜め息をついた。


「………………この脳筋どもはなぜこんなにも自分のことに対してだけ鈍いんだ………、」


 何か変なことを、………貶されている気がしなくもないが、ここは墓穴だ。掘れば掘るほど絶対に碌な目に遭わない。


「さ、もうリップも買って満足だから帰ろ。僕のドレスの血飛沫が落ちるうちに帰らないと。せっかくのドレスをダメにしたくないしね」


 小さく笑ったシリルにあたしは満面の笑みを浮かべた。

 先程いじってくれたお礼は絶対にしなくてはならない。


「で?今日はお目当ての子とおしゃべりできたの?シリル」

「へっ!?」

「あら、お姉さまが知らないはずないでしょう?ほらほら、ちゃんと喋れたの?それとも今日も人見知りしちゃったの?」

「はうっ」

「ほらほら〜!」


 ほっぺたを突っつきながらにこーっと笑うと、シリルは「うぎゃああああぁぁぁぁ!!」という奇声を上げながら走っていった。

 多くの通行人が可憐な美少女が奇声を上げながら、血飛沫の舞ったドレスで走っていると言う状況にぎょっとした表情をしている。


「あれまー、こりゃあ叱られるじゃ済まないわね」


 苦笑したあたしは、けれど、あまり悪い気はしていなかった。


(だって、叱られる瞬間だけは、どんな事情があろうとも必ず家族団欒の時間を作れるもの———)

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