番外編③

 大きな溜め息をついてもう一働きしようとした瞬間、あたしと敵の毎日グレーアッシュの髪がひらりと舞い降りた。


「遅いわよ、ジル・ラ・アイレス」


 わざとフルネームで呼んだのに、ジルは特に反応せぬまま深紅の瞳を小さく細める。


「………私はあなたの命令に従っていただけなのですが………………」

「護衛騎士ならば、危険を数十メートル先から察して飛んでこなくちゃダメよ」

「………………大変な無茶ですね」


 ジル・ラ・アイレス、アイレス伯爵家の三男にしてあたしの護衛騎士である彼は、あたしより6つ年上の26歳独身。静謐な雰囲気を持つ美青年であり、近衛騎士団長に昇るとまで言われる剣術と戦術を持つ、今1番の出世頭にして、独身女性の最優良株である。


 そして、………あたしの初恋の人である。


 彼とはかれこれ10年もの付き合いに上り、彼が静謐どころの話ではないではない無口無表情を纏っていた頃から友情を築いている。


「アリエルさま?」

「………………いいえ?ただ今日も目が潰れるんじゃないかと思うぐらいに、きらきらしているなと思っただけよ」

「………今日もアリエルさまのお隣に立たせていただける、それだけで私は幸せでございますから」


 恭しく頭を下げたジルに、あたしは苦笑した。


「変な人。あたし知ってるわよ?国王陛下の近衛騎士団への出世、断ったのでしょう?」

「はい」


 相変わらず忠犬のような男だ。


「………あたしなんかについていたら、お嫁さんがもらえなくなっちゃうわ。大人しくお父さまの部隊に行きなさい」


 あたしの言葉に、ジルは無表情のまま今にも泣き出しそうな子犬のような雰囲気を纏う。


「あれれ?どうしたの?姉さん、ジル」

「あら、もう暴れ終わったの?シリル。もう少し楽しんできたらよかったのに」

「えー、ドレスが汚れちゃうから嫌だ。と言うか、日傘が真っ赤になっちゃったし」


 少し膨れっ面のシリルは、既に手遅れであるとしか言いようのない血まみれで、あたしとジルの元にやってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る