番外編③

 顔どころか首まで真っ赤に染め上げたエルナに、俺は溜め息をついた。


「俺がお前の前で吐いてしまうのはお前に良いところを見せようとして、緊張するからだ。情けないものだろう?」

「え………、」


 驚いた顔をしているエルナを見ていると、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 どうやら俺の今までの態度はそれだけひどいものであったらしい。


「俺はお前のことを愛している。身分については全く心配する必要ない。君の祖父である侯爵が努力しているからな。だから、………俺と結婚をしてはくれぬか?」

「っ、………わたくしでよろしいのですか?」

「あぁ。お前が良い」


 ぽろぽろと涙を流し始めたエルナにおろおろとしていたら、ぎゅっと抱きつかれた。


(………魔法で匂いを分散しているとは言っても吐いた後。一応臭うはずなのだが………、)


 僅かにみじろぎ仕掛けて、けれど俺は止まった。

 これだけ心配をかけ、心が離れていると思われてしまっていた婚約者を拒絶しては、心に深い傷を負わせてしまうと思った。


「わたくしはっ、あなたを………、愛しております」

「あぁ」

「………こんなわたくしでよろしければ、わたくしを奥さんにしてくださいまし」

「お前がいいんだ」


 エルナを抱き返した俺は、心の中で呟く。


(ありがとう、アリエル)


 本人の前では絶対に言わない言葉をお節介な双子の姉にかけた俺は、小さく笑った。


「それじゃあ、父上に告げ口に行こうか」

「は、い………?」


 甘い空気が霧散したあたりで彼女を抱きしめるのをやめた俺は、魔王と恐れられる父上譲りの空気を纏い、エルナに手を差し伸べる。


「今回の件、感謝もしているがやはりアリエルの行動は気に食わないし、人の恋路に勝手に頭を突っ込んだ挙句、掻き回すだけ掻き回して自分は全く関係ないという態度はよろしくない。噂によれば、アリエルの行動のせいで縁談が潰れてしまった案件もあるらしい。………まあ、あれは浮気性の男の浮気が表に出ただけだから自業自得とも言えるが………。それを加味したとしても、甘やかしすぎるのはあいつのためにならないから、とりあえず父上に告げ口する」


 俺の言葉に眉を下げたエルナは、小さく首を横に振った。


「きょ、今日だけは見逃しませんか?………わたくしはあのお方に、今日の件はものすごく感謝しているのです。このままでは間違いなく、わたくしはあなたさまと向き合えなかった。だから………、」

「………………わかった」


 可愛い婚約者のお願いに負けた俺は、苦笑してから窓の外を見つめる。

 馬車が出発したであろう方向には握ら家な街。

 俺がいずれ導かねばならぬ国民が暮らしている。


(うっ、想像しただけで胃が………、)


 小さく溜め息をついた俺は、胃薬を煽りながら、心の中で呪詛を吐く。


(覚えてろよ、クソ姉貴)


 今日は、否、今日も俺はアリエルの無茶振りで破天荒な行動のせいで、連帯責任として父上と母上に叱られることになるだろう。

 だが、それも心地よいと思ってしまう俺は、どうしようもなくアリエルを尊敬してしまっているからであるらしい———。

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