番外編③

「あれまぁ、そんなこと言っていいのかな?弟よ。エルナちゃんごと連れてっちゃうよ?」


 想い人たるあたしのメイドの名前を聞いたエイベルは、グッと眉間に皺を寄せる。


「エルナは俺の婚約者だ」

「お見合いの席で大失敗したのに?」

「うぐっ、」

「ま、ジョーダンだよ。シリル、お出かけしよ」


 項垂れたエイベルを他所に、あたしは隣で爪にネイルを塗っている4つ年下の、文字通り可愛い可愛い弟に声をかける。


「えぇー、姉さま謹慎中でしょ?僕まで怒られちゃうじゃん」

「あら、新作のリップが出たらしいから買ってあげようかと思ったのに」

「えっ、嘘っ!!待って!行く行く!!」


 にんじんをぶら下げた瞬間元気いっぱいになったシリルに微笑んだあたしは、『どのパラソルにしよっかな〜』とご機嫌な声をあげて部屋を出て行ったシリルを横目に、ぶつぶつと胃痛を訴えながら思考を巡らせているエイベルの耳元に唇を寄せる。


 肩上で真っ直ぐに切り揃えているお母さま譲りの銀髪を小さく掻き分け、形の良い耳に呟くのは、エイベルにとってはおそらく不可能なこと。


「………今日の宿題はくちびるにキッスね。あと、言わなきゃなーんにも伝わらないから、思ったことをハッキリ口にすること。じゃ、頑張れ〜!!」


 ひらひらと手を振ると背後から殺気が向けられたが、可愛い弟の殺気ならば一切怖くない。


「………クソ姉貴が、」

「あら、エルナごとお出かけしようかしかしら」

「………………」

「じゃ、お父さま誤魔化しといてね〜」


 からからと笑ったあたしは、お気に入りの日傘を片手にお部屋へと戻ってきた可愛い可愛い弟シリルを連れ、城の外へと繰り出す。


(今頃はゲロゲロ吐いてお世話されてる頃かな)


 くすっと笑ったあたしは、城から外出するために乗り込んだ馬車の外を見つめる。


(頑張れ、エイベル。頑張れ、エルナ。やればできる)


 無責任なことを心の中で呟いたあたしは、お母さまから振られたお仕事の書類を片付けながら、馬車が街へと出るまで時間を潰すのだった———。

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