番外編②

「こんなのんびりした時間、久しぶりだなぁ」

「………そうね」

「寮にいた頃は朝から晩までこんな感じだったのに」

「………そうかしら?」


 こてんと首を傾げて彼の顔を見上げた私は、その甘やかなとろりとした表情に、ひゅっと息を飲み込んだ。


「そうだよ。シェリーはずっと俺のそばで作業をしていた。その好ましい指先が魔法のように忙しなく動き回って、新たな美しい作品が出来上がっていくさまを、俺はずっと君のすぐ近くで見守っていた」

「………………」

「ごめんね、シェリー。ハンドメイドの時間をあまりとらせてあげられなくなっちゃって」


 彼の表情がぐしゃっと苦しそうに歪む。

 黄金の瞳の下に深く刻まれた隈に指を沿わせながら、私はゆっくりと首を横に振る。


「………私が、………………私が公爵位を継いだら同じことが起こっていたはず。だから、これはそれが早まっただけ」


 ここ半年で私が作ることのできた作品はたったの3つ。

 パパのハンカチとママの髪飾り、そしてノエルのリボンタイだけだ。

 全て精緻な護符刺繍を施したもので、魔力が織り込まれた金糸や銀糸を用いて制作したために、ものすごく苦労した。

 でも、家族の安全に配慮するのであれば、必要な工程であったと胸を張って言える。


「そっか。で?シェリー、この書類は可決でいい?」

「ん?ノエルは可決にしたいのでしょう?なら、可決にしたらいいじゃない」

「いいの!?ほんとのほんとに?」

「えぇ」

「やっぱり無しはダメだからね?」

「分かっているわ」


 こくんと頷いた私は微笑む。


(ノエルが大丈夫だって思うものなら、私が確認しなくても何ら問題ないわ)


 ゆったりのんびりとしていた今この瞬間の私を、10日後の私は恨むことになったのだった———。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る