番外編②

 きゅうっと胸が掴まれるような動悸に襲われながら、私は甘すぎる彼から逃げるために、彼が握っていた書類にばっと手を伸ばして、目を通すふりをする。

 額や耳に響くリップ音はとりあえず無視だ。


(………何気なく決めた我が儘キャンペーンデイが、たまにあるノエルの崇拝期と重なってしまうなんて………………、)


 公爵家に住んでいた頃、学園の寮に住んでいた頃、ノエルはたまに自分に構って欲しいからか、はたまた私に構いたいからか、私を必要以上にお嬢さま扱いし、そして私に命令をさせたがる時期というものが存在していた。


 今日のノエルは、どうやら久方ぶりに『お嬢さま命!!』をやりたいらしく、瞳を爛々と輝かせて私のことを見つめている。


(うぅー、ノエルがカッコ良すぎる)


 甘えたでベタベタしてきているはずなのに、今この瞬間も額や耳にキスが意図されまくっていて恥ずかしいはずなのに、ノエルがきらきら見えてしまう。


「シェリー」


 くいっと顎を上げられた私は、ゆっくりと灰色の瞳を隠す。

 触れるだけの優しいキスが何度も何度も落とされる。

 その度に心がポカポカと温まり、私はノエルのシャツの胸元をぎゅっと握り込んだ。


 数分、否、数十秒ほどそうやって過ごした私たちは、お互いの肩に額を預け、頬を緩める。


「そういえばシェリー、さっきの書類読んだ?」

「ふぇ?」

「あの書類は可決でいいよね?」

「それはノエルが決定すべきことでしょう?」

「残念。コレはシェリーが持つべき案件なんだよなぁ」

「えっ!」


 目を通したフリをしていた私には、当然先ほどの書類に何が書かれていたかなんて知らない。

 慌てて書類に目を落とした私は、次の瞬間目を見開いて頬を周知で赤く染めた。


「ははっ、書類、反対だったでしょ」

「———っ!!」


 身悶えながらノエルの方にぐりぐりと額を押し付けると、彼は私の銀髪にゆっくりと指を通し始めた。稀に頭に触れる感触が、首筋を指先が掠める感触がたまらなくくすぐったくて、それでいて心地いい。

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