番外編①

「ミーシャ、………俺、」


 俺が覚悟を以て口を開いた瞬間、ミーシャはぴっと俺のくちびるに指を当てた。


「だーめ」

「だがっ!!」


 言い募ろうとするレオンハルトの口を完璧に覆ったミーシャは、琥珀の瞳を悪戯っ子のように細めた。


「わたしね、レオンさまが、レオンが自由に振る舞っているのを見るのが大好きなの!!」

「ミーシャ………、」

「ふふっ、レオンってばいきなり気を、………おえぇー、」


 きらきらきらーっと滝が発生した瞬間にすかさず桶を彼女の口元に持って行った俺は、顔色がなおさら悪くなっていくミーシャに顔を顰めた。


 彼女の努力を知っている。

 彼女のやりたいことを知っている。

 彼女の、………本当の願いを知っている。


「………ミーシャは王妃になりたいか?」

「ムリ」


 即答したミーシャに、レオンハルトは苦笑した。


「わたしねー、側妃になりたいの」


 にっこりことも無さそうに言うミーシャの真っ青な顔色の苦しそうな微笑みに、レオンハルトは言葉を失った。


「………そうか」


 俺はミーシャが、………俺の“奥さん”になりたいと願っていることを知っている。


 ミーシャの小さい頃からの夢は、周囲よりもほんのちょびっとだけズレていた。


 周囲の女の子たちが“お姫さま”や“王妃さま”に憧れている中、ミーシャはいつも“奥さん”に憧れていた。“お母さん”に憧れていた。


(何を躊躇っていたんだ。………俺のすべきことは、もう決まっているだろう?)


 ミーシャに寂しそうな笑みをさせた自分が情けなくなる。


 どうして周囲に決められた道ばかりを選ぼうとしていたのか。

 どうして周囲の言いなりになって、周囲の言葉ばかりを気にしていたのか………。


(俺はやっぱり、どこまで行っても、自分勝手にしかなれない)


 小さく吐息をついて、ミーシャをぎゅうぅっと抱きしめた。


「れ、レオン!?」


 驚く彼女の髪に顔を埋めて、幸せに浸る。

 二回りぐらい小さなミーシャが俺の腕の中にすっぽり埋まっている感じが、たまらなく良い。


「………神さまは二物を与えず、か………………、」

「———レオン?」

「んーん、何でもない」


 くすっと笑った俺は、ミーシャの額にキスを落としてから彼女を抱き込むのをやめ、ぐーっと伸びをした。


「親父に挨拶でもしに行ってくるかな………、」

「ん、行ってらっしゃい。国王さま、ものすっごくレオンのこと心配してたよ?」

「そっか。じゃ、行ってくる」


 俺の覚悟を知らないミーシャは無邪気に微笑んだあと、1歩下がり、深々と頭を下げた。


「行ってらっしゃいませ、レオンさま」


 美しい銀髪がふわりと風に揺れて、舞い散る花々と共に彼女の笑顔を彩る。


「———あぁ、殴られ行ってくる」


 俺の笑顔は、多分今までで1番清々しかった———。

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