番外編①

▫︎◇▫︎


「———レオンさま!」


 華やぐような優しくふんわりとした声に振り返った、戦場帰りの剣豪レオンハルトこと俺は、赤子はもちろん、鍛え上げられた兵士すらも卒倒するようなきびしくいかつい顔を、周囲曰くデレッと緩めた。


「ミーシャ………!!」


 白銀に煌めく星屑のような美しいふわふわした銀髪を揺らす少女のような絶世の美女ミーシャに、俺は慌てて駆け寄る。

 砂糖菓子を煮詰めて詰め込んだようなきらきらと輝く琥珀の瞳を正面から見つめ、ミーシャの顔色の悪さに吐息を吐く。


「………また、………………吐いたのか?」

「あら?上手に隠せてなかった?」


 ころころと笑うミーシャは、それが当然のことであるかのように振る舞っている。否、ミーシャにとって、それは当然のことであるのだ。


 ミーシャは生まれた頃から胃が弱かった。


 食べ物を食べては吐き戻し、過度な運動をしては吐き戻し、………不安に駆られては吐き戻していた。


 ミーシャと幼馴染である俺は、そんなミーシャのことを誰よりも近くで見守り、守ってきた。


 だからこそ知っている。


 ミーシャが自分が戦場に出るせいで、また吐いてしまったのだということを。


 でも、ミーシャは絶対にそれを言わないし、それどころか、俺には絶対に悟らせまいと努力を重ねている。


 俺にとって、戦場は唯一の“居場所”と言っても過言ではない場所だった。


 勉学に優れた弟と違い、俺はお勉強がとても苦手であった。


 それどころか、お医者さま曰く、俺の脳にはどこかに異常があるらしく、俺はどうしても文字を読むことや書くことができなかった。


 だが、俺は勉学ができない代わりなのか否か、運動能力や戦術にとても優れていた。


 剣も、弓も、馬も、槍も、斧も、ナイフも、なんでも簡単に扱うことできたし、それどころか、一瞬で教師よりも強くなれた。


 戦術もそうだ。


 チェスなどを見ていると、一瞬で勝ち筋が見えてきた。

 俺にとって、戦ほど簡単なものはなかった。

 戦ほど己を認めてもらえる場所はなかった。


 そこでなら俺は勇者でいられた。

 英雄でいられた。

 穀潰しと言われずに済んだ。

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