第10話

「このリッチ女!!人様の重曹を誑かすとはどういうことだ!!身体が軽い女は誰に対しても昆布へつらうとはよく言ったものだッ!!」

「………………」

「はっ、今更僕に土下座しても遅いぞー!!その涼しげな美しい顔をグッシャグシャにして僕限定の人形にしなければ許さな、」


 アルゴノートさまの言葉は途中で途切れてしまった。

 理由は簡単、ノエルが暴走したから。


「………………」


 首を締め上げられ、床から足が離れてしまったアルゴノートさまがジッタンバッタンと暴れている。


「ぶげいだごー!!」


 「不敬だぞー!!」と叫ぼうとして失敗したアルゴノートさまの声に、私は固まってしまった。


「ほう?そうか。まあとりあえず、死んでおけ」

「は?」


 アルゴノートさまの悲鳴と遠慮なく首を絞めようとするノエルに唖然としていた私は反応が遅れてしまった。


(ノエルが、………ノエルが殺そうと………、)

「のえ、る」


 ノエルがそばにいない。

 私はひとりぼっち。


 大好きなノエルがそばにいない。

 ノエルが私をおいていった。


 ぐるぐると思考を渦巻く負の連鎖とともに、お腹に激しい痛みが走る。


「うぅー、」


 どさっと身体が床に崩れ落ちて、私は限界を悟った。


「………のえる」

「シェリー!!」


 焦ったようなノエルの声と、床に投げ捨てられて馬車に惹かれたカエルのような声を出すアルゴノートさま。

 どこか遠い出来事を眺めているような心地になりながら、私はただただノエルを見つめる。


 その美しい顔が近づいてきて私のくちびるを奪う。


 ゆっくりと何度も何度も息が吹き込まれる。

 過呼吸を起こしてしまった呼吸がゆっくりと落ち着き、代わりに湧き上がるのは途方もない羞恥心。


「ぷはっ、の、ののの、ノエル!?」


 やっとキスから逃れた私が果てしない羞恥心から素っ頓狂な悲鳴をあげると、ノエルは安堵したような表情でぎゅうっと抱きしめる。


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