第6話

 漆黒の猫っ毛をぼさぼさに下ろし、大きな瓶底眼鏡をかけたノエルにの腕に自らの震える手を重ねた私は、大きく深呼吸をした。


(絶対にアルゴノートさまを諭さないと)


 にっこりとママに鍛え上げられた淑女の微笑み(披露する予定無しだった)を浮かべると、口元に扇子をおく。


(だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)


 今だって必死に吐き気と戦っている私には、王妃なんて死んでくださいと言われているようなもの。たとえ土下座されたとしてもごめん被りたい。


「恐れながらアルゴノートさま、私、あなたとは婚約して、」

「あぁー!アルさまのビジュ良すぎっ!!アルさま、もう1回さっきのポーズ決めてっ!!」


 私の視界の先で揺れるピンク色のボブの髪に、私は既視感があるぞぉとぎゅうぅっとノエルの手を掴む。


「いたっ、痛いよ。シェリー」

「ノエル、………吐く」

「———は?ちょっと待って、今どうにかするからっ!!ホントに、ちょっと待っ!」


 ノエルの必死の格闘の末に、どうにかこうにかノエルの幻影魔法で姿を誤魔化して胃の中を空っぽにできたシェリルは、ほうっと溜め息を吐いた。


「し、死んじゃうかと思ったわ」

「………それは俺のセリフだと思うんだけど………、で?どうするの?」

「………………もうちょっとだけ頑張って諭してみる」


 淑女の仮面を身につけてふわっと微笑んだ私は遠い目をしていた。


(乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生したとか、マジで勘弁してほしい案件よね………、)


 げんなりとしてしまう気持ちを必死に抑え込んだ私は、薄桃のふわふわと柔らかそうなピンク色のボブに、アメジストを連想する美しいぱっちりとした瞳、そしてぼん・きゅ・ぼんの完璧なプロポーションを持つ聖女にしてこのゲームのヒロインに、話しかけようと手を伸ばす。


「あの、聖女チェルシー・ラリアナさま。私、あなたとは初対面な気がするのですが………、」

「ですね」

「えぇーっと………、」


 あれ?

 ヒロインってこんなキッパリはっきり喋るキャラクターだっけ?


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