2人は仲良し

某日。アイラはロベルトとエマ、リブルと共に仮想戦闘に赴いた。

動機は簡単。このドール達と一緒に何かをするのが楽しいからだ。

素直な後輩のロベルトも、素直じゃない同期のエマも…先日アイラとの関係性に大きな変化があったリブルも。アイラの中の「好き」の箱に入れられている。よく理解出来ていないなりに、その箱の中のものはどれもアイラにとってとても大切だった。

戦闘結果は敗北。真っ先に戦線離脱したアイラは、終わってみれば4人の中で最も大きなダメージを受けていた。身体が痛い。負けたことが悔しい。泣きそうだ、楽しいの気持ちが維持できない。笑え。明るく振る舞え。必死になったアイラが空元気の勢いで口にした台詞、


「恋人さんが寮まで連れてってくれるんだって。折角だからお言葉に甘えることにするよ!」


この言葉は大切な友達であるエマをひどく困惑させたようだった。


気付いたが今は気遣えない。自分が何をしているのか半分分からないでいるような状態で、努めて明るく見せようと、じゃれつくようにリブルに抱き着いた。その胸中渦巻くものは、軽い行動とは真逆だ。縋らせてほしい。悔しくて泣くのを慰めてほしい。それらを表に出せない苦しい気持ちを分かってほしい。喉元まで出かかっている感情の塊を呑み下し、エマにだけ聞こえるよう小さな声で言った。


「…ちょっとわけがあって…エマちゃんには、後でちゃんと話すね、」


今はダメだ。落ち着いてから。エマにならきっと話しても大丈夫だ。…ある程度なら。隠し事は少ない方がいい。エマには嫌われたくない…いちばん仲の良い友達に対して、不必要な秘密は作りたくないのだ。どうしても自分の嫌なところは見せられないから…全て打ち明けることは出来ないから。


あとで……


きっと、あとで、ちゃんと。



***



寮までの移動は、宣言通りリブルが手助けしてくれた。エマとロベルトもそう遅れず来ることだろう。2人の事を待っていられないくらい、アイラには余裕がなかった。寮のリビングに倒れて寝てしまいたいほどの、疲労感と偽りの痛み。加えて、一刻も早く部屋に帰って感情を吐き出したい。リビングで、他のドールの居る前で、自身のコントロールを失いたくない。


後はひとりで帰れるからと、リブルすら置いて自室に戻ったアイラは、ベッドに倒れ込み枕に顔を埋めて唸った。そして訥々と言葉を零す。


「……痛い、悔しい、ほんとに怪我をしたわけでもないし、命懸けの戦いでもないのに、負けたことが悔しいよ。一番に倒れた事が悔しいよ。苦しいよ、苦しいよ、苦しいよ、」


鍵はかかっていない扉を、誰かが…“特別”な誰かが、開けて入ってきてくれたらいいのに。


「楽しいを保っていられない。これじゃ誰とも話せない……」


ひとしきり泣きごとを零したあと、アイラは自身を奮い立たせる。大きく溜息を吐き、


「……よし!切り替え切り替え!チェス〜、何処に居るのかな、チェス〜」


愛猫の名を呼びながら探す。

交換日記の中でリブルが寝不足だと言っていたから、ひと晩くらい安眠の助けになるものを貸してやろうという、恋人さんへの気遣いだ。期限付きの恋人さん。……まだその期限は定められないままではあるが。


その時、ノックの音がした。


「……うわっ!?はーい!?居るよ!」

「改めてこんばんは、アイラさん。来てもらうのもアレなので、僕の方から来てみました」

「うわ、ちょっ、っと、待って?今急いで片付ける、」


今は夜だ。魔法も使える。浮遊魔法で物を浮かせながら、あっちのものをこっち、こっちのものをあっちに動かして、足の踏み場を作ったアイラは、それ以上の整頓を諦めてベッドに仰向けに倒れた。


「………こんなことなら普段から片付けておくんだったなあ…。……チェスがね、見付からないんだ…部屋汚いの気にしないなら、入っていいよ」

「無理に片付けなくても大丈夫でしたのに…わざわざ片付けてくれてありがとうございます。チェスは…明日また探しましょう。お邪魔しますね」

「どこ行っちゃったんだろ…。あったかいとこ探して行っちゃったかな。うん、ようこそ〜 私の城へ。」

「…アイラさん、今ここには僕とアイラさんしか居ないですよ。空元気は、なしでお願いしますね」

「…うん。」


アイラは軽く身を起こし、へらりと力無く笑った。


「ありがとう。…教科書の魔法、もっと練習しなくちゃ」

「うん、その顔の方が良いですね。横、失礼します」

「!」


驚くアイラの隣に腰掛け、リブルは言う。


「僕も、魔術の練習は必要だと思ってるので…一緒に頑張りましょうね。ただ強い魔術を持っているだけじゃ…ダメですし」

「ふふっ、また決闘でもしようか」

「おっと…お互い成長した状態での再戦ですか。良いですよ?良い時期にお手合わせしましょうか」

「うん。 ……私が嫌いな私も、嫌わないで居てくれるって思うから、安心しているからね。……嫌わないでね」

「アイラさんが嫌いな側面…ですか。それは興味がありますね?いつか、見せてもらえる時が来たら…受け入れますよ。アイラさんは…とく…いえ、恋人なので」

「ふふふ、恋人だからね。………甘えてしまっても、いいかなあ……」

「……えぇ。カプリは置いてきたので、今夜は遠慮なくどうぞ」


アイラは遠慮がちにハグをした。リブルは少し驚いた後に微笑んで、


「…ふふ、今日は…よく頑張りましたね。アイラさん」

「……うん。リブルくんもね。」

「僕は…長く立ってただけですよ。アイラさんが倒れた後、意識があるってわかるまで冷静でいられませんでしたし、仇もとれなかった…」


少しだけ暗い顔をするリブルを見て、アイラは笑った。


「あはは、倒れてからしばらくじーっと目を瞑ってたんだけど、意識あることに気付いてからは、沢山応援したよ。リベンジしようね!」


リベンジできるのは、命があるからだ。アイラは念を押すように言った。


「…例えば本当にマギアビーストに食べられちゃったりしたら、その時は…ううん、その時だって、自分の命のほうを大事にしてね」

「…それは、ごめんなさい。確約出来かねるかもしれません。僕の大切への行動理念がありますので…聞きたいですか?」

「…なに?」

「一つは、“その存在によって破滅しても、それを受け入れられること”ですね。なので、もし仮にアイラさんがマギアビーストに食べられたら、玉砕してでも助け出すか、同じ場所に行きますよ。…なんて、僕のキャラじゃないですね」


照れくさそうに顔を背け頬を掻くリブルを見たアイラは、真っ赤になった後、すん、と落ち着いてそれから面白がるような顔になり、その顔を追い出すようにふるふると頭を振った。


「…そっか。じゃあ、まず私が食べられないように気を付けなくっちゃね!」

「…ぜひ、そうしてください。僕は、存外自分で思っていたよりアイラさんを大切と認識し始めてしまったようなので…」


リブルは顔が赤いのを隠すようにアイラの方へと体を傾ける。凭れかかるような体勢に、アイラは赤面した。


「う、うん。ありがとう…」


ああ、今日もまた、恋人契約の期限のことを言い出せない!顔を隠している相手に見られないのを良いことに、アイラは隠さず困った顔をして、リブルの髪を撫でた。恥ずかしそうにリブルは小さく呻く。


「う…カプリが居ないからかな…弱音しか出ないや。一番吐き出したいはずのアイラさんを差し置いて、色々言ってしまってごめんなさい…明日には、ちゃんと元に戻るので」

「んーん!いいよ。毒になる前に吐き出したほうがいいと思う。」


頭にぽんぽんと軽く触れ、からりと笑う。毒を飲むのは私だけで十分だ。頭を撫でられ続けているのがいい加減恥ずかしくもなったのか、はたまた仮想戦闘による精神的疲労が限界を迎えたのか、リブルはまた小さく呻いてからこう言った。


「うぅ…ならアイラさんも吐き出してくださいね!そのための交換日記でもあるんですから!」


言い終えた後、耐えきれなくなったようにベッドに突っ伏してしまった。

アイラは交換日記をポストへ確認しにいく。入っていた。リブルの返事を確認したが、それに対してなにか言葉を返す気力がないので今日の事を1つ、書き加えておくことにした。


『リブルくんが部屋に来てくれた。チェスはどこかへ出掛けてしまって居なかったけど、代わりにリブルくんを撫でてたら落ち着いた』


枕元に交換日記を置いて、寝落ちてしまったリブルの傍に横になる。狭い。が、あたたかい。


(エマちゃんに話すのは明日にしよう…)


何から話せばいいだろう。どのように話せばいいだろう。“求めるものを欲する私からまず贈る、作り物の愛情に、2番目以下でいいから特別な感情を返して貰いたい。ただし期限付きで。”───そんな不誠実でめちゃくちゃな申し出を受けてくれたから、アイラはリブルを恋人と呼んでいる。

これを、なんとか、簡単に、分かりやすく。できれば、あまり印象が悪くないように……


(無理だ……。エマちゃんに嫌われるのはやだなぁ……)


考えているうちに眠ってしまったらしい。

目覚めた時には朝だった。

リブルは居ない。交換日記を持って部屋に戻ったのだろう。リブルが寝ていた場所には、いつの間にか帰ってきたチェスが呑気にいびきをかいていた。


「おはよ。」


優しく愛猫の背を撫でる。

身支度をして、エマを探しに出掛けた。



***



「仮想戦闘のあと、後で説明する…って言った、アレについての話なんだけど」


アイラはかなり勇気を振り絞り、エマに声を掛けた。

欠けたものの取り戻し方を知って以来の自身の考えや心情については大幅に端折り、


「……“特別”が欲しかったんだ。他のドールの特別になりたい。エマちゃんのことは好きだけど、そういうんじゃないんだ……それで、リブルくんに頼んで“特別”になってもらった」

「……うん。そうなん、だ。」


エマは見るからに困惑している。内心焦るアイラに、エマは言った。


「…ごめんね、一個聞いていい?」


ぎくり、とアイラの貼り付けたような笑顔が固まる。


「…うん、」


何を聞かれる?何を疑問に思った?伏せたことばかりだ、質問は当然だ。


「どうして、リブルさんなの?」


身構えていたアイラに投げ掛けられた問は、想定より随分答えやすいものだった。アイラは安心して、言葉を選びまとめながら返答する。


「リブルくんは……秋祭りのあとくらいからかな?ずーっと視線は感じてたんだけど、それが、その…」


どんな心の色が表に出ている時も、変わらず好意的な眼差しを、少なくとも嫌悪では無い感情を向けていてくれた。そう素直に話すには、他のドールには伏せているアイラの内面的な事情を打ち明けなければ伝わらない。しばし言葉を選んでから続ける。


「…どんな時でも、変わらず私を見てくれてるんだ。…だから、リブルくんなら、特別な感情を返してくれるかもしれないと思った。一番じゃなくてもいいから、私はそれが欲しい」


言葉が幾重にも足りないが、これでどうだ。

アイラはエマの言葉を待ちながら、補足していく。


「まずは私から、特別をあげる。私は好きがよく分からない。だから、こんなものかな?って考えて、作った感情しかあげられない。それでも、…リブルくんなら、多分…と、思ったんだ。提案した時は、当然断られると思ってたんだけどね!引き受けてくれたから…それで、“期限付きの恋人契約”が成立したってわけ」


「…うん、そうなんだね。…特別、か。…リブルさんは、納得してるん、だもんね。」


本当にそれでいいのだろうか、とエマが考えているのが手に取るように分かる。それはそうだ、アイラ自身もそう思う。本当にこれでいいのだろうか?特に…


「期限付き、か…。それ、他の子には、話してるの?」

「…まだ。あんまり目立ちたくないんだ」


目立ちたくないし、言いたくない。言いたくないのは、これが間違いだと分かっているからだ…と、突きつけられる。エマは、どう思っただろう?アイラが窺い知ることはできなかった。


「そっか…話してくれて、ありがとう。」


暫く考え込んでから、ようやくエマは口を開いた。


「特別って、なんなんだろうね…」


それについての答えは持ち合わせている。アイラはにこにこと明るく言った。エマに対して裏なく答えられることにほっとしている。


「さっき“特別”が欲しいって言ったけど…エマちゃんももう、私の“特別”なんだよ!ガーデンで目覚めてから、一緒に色んなことしてきたからね。花火見たり、部活立ち上げたり、カボチャゴーストを倒したり!」


しゅっ、しゅっ!とアイラの拳が空を切る。


「…ふふ、そうだね。色々、してきたもんね」


特別、という言葉には上手いこと反応できないようだが、エマの顔に笑みが浮かんだことがアイラは嬉しい。


「…うん、僕はアイラさんがいいと思った方に進んでほしい。後悔、しないでほしい。」



「…僕も、いつか特別が出来たらいいな」



エマには、なにか隠したいことがあるのだろう。

それでいい、とアイラは思った。アイラにも秘密はいくつもある。


例えば、


(着々と歩みを進めてるよ、今の私の、最期に向かって)


心の中で微笑んで、またひとつ隠し事をした。できるだけ隠し事はしたくないけれど、暗い話なんかして嫌われたくはない。


「うん!ありがと!エマちゃんも……ロベルトくんのことをいつも目で追ってる、でしょ?私が気付いたみたいに、ロベルトくんも…気付くといいね」

「……!???そ、そそそそそんなことないよ!???」


慌てるエマは可愛らしい。アイラは笑って言った。


「ふっふふ!私もエマちゃんみたいに、リブルくんをちゃんと好きになる時が来る、のかな。」


期限を切り出せないでいることが既に、と薄々感じながらも、どこか認めることが出来ないでいるこの感情は、どこまで育っていくのだろうか。


「……(隠してるのに!)…きっと、好きになれるよ。

あ、でもカプリちゃんに負けないように、ね?ふふ」


冗談っぽく言う言葉に、その微笑みを消さないようこちらも冗談めかして返事を返す。本当は、負けてもいいのだ。2番目以下の特別で構わない。だから、嘘にはならない言葉を紡ぐ。


「そうなんだよねえ! カプリちゃんとも仲良くなれるように頑張ってみるよ。」

「ふふ、一番大事みたいだからね、負けないようにね?きっと、カプリちゃんと仲良くなれるよ」


負けないように、と繰り返すエマには、負けたくない相手が居るのだろうと思ったから、今はその思いを大切にしたかった。


“特別”は、勝ち負けじゃあないんだよ、と、伝えたい気持ちもあるけれど。


今この時エマが笑ってくれることのほうが、アイラにとっては大切だった。





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