続:酷薄な愛の告白を

諸々自分に都合の良い展開を期待こそすれ、簡単に承諾されないことも想定していたアイラに対し、目の前のドールの返答はこうだった。


「期限付きの恋人ごっこ…二番目の、仮初の愛情しか与えられない僕にとっても都合が良いです。…それで?その真意はなんですか?それを聞いてから、返事をしますよ」


それを聞いて、アイラは機嫌良く口角を上げた。底意地の悪い笑みは、“黄色”のものだ。アイラの内側には、共存する幾つもの人格…とも言えるような、自意識を持つ強い感情がある。それらには個別の名前はないが、アイラ本人が認識しているそれぞれの色があった。自己都合から他のドールに恋人ごっこなどというものを持ち掛けた“黄色”は、それなり周到に考えた計画を大幅に端折ることにした。


「無茶な要求を通そうとするなら、相手が呑み込みたくなるような美味しいごはんを用意しないとね。さて、あっさり白状するつもりじゃあなかったんだけど……君は、“欠けたもの”の取り戻し方を知っているかな?」

「……あぁ、そういうことですか。えぇ、知っていますよ。それを切り出すということは、僕をお相手に選んでいただけた…ということですか?」

「察しがいいね、その通りさ!酷い話だろ?真っ先に君が思い浮かんだんだ。君なら“アイラ”に人格コアを譲っちゃくれないか、ってね。最も…『それくらいなら私があげる』なんて言い出す良い子ちゃんも中には居たけれど。」

「僕はドールも含めて相棒以外の生き物が苦手なので、正直あの条件は難しいと思っていたんです。でも、一番見ていたいということは、傷つけたくないということの裏返し、僕が選ぶ相手はアイラ先輩しか居ないと考えていました。まず僕が貴方にあげて、その後でアイラ先輩がくれるのなら…貰ってあげても良いですよ」

「……ホントに分かってて呑んでるかい?この話。言っとくけど、君も僕らを…特に表に出ている彼女を観察しているなら分かっているだろう?僕以外は、僕であって、僕じゃない」


アイラは肩を竦めると、にやりと笑い、言った。


「君が先にくれるってことでいいのかな?僕の裏切りを心配した方がいいんじゃあない?」

「それはもちろん。」


リブルはやれやれとでもいうような仕草をし答えた。


「初めて1対1で会ったあの夜に、変化を見抜けた僕をみくびらないでくださいよ。僕は、相棒になら何をされたって許せると自負してるんですが…アイラ先輩にも、この気持ちの半分くらいなら…渡せる気でいるんです。もし裏切られたとしても、楽しい時間をくれた対価としては上々…くらいには思えるようになりますよ。そも、アイラ先輩は心優しい人ですし、裏切られる心配なんて、していないですけどね」


リブルはカプリにだけ向けていた優しい微笑みを浮かべ、まっすぐとアイラの方を見る。


「ははっ!そうまで言われちゃ仕方ない。あくまで僕らをひとりのドールと見なし信用する君に、僕もなけなしの誠実さで応えようか。最後には君を殺す存在に、仮初でも、二番目でも、愛情らしいものを与えられるというのならば…そいつはとっても面白い!」

「あっはは、平穏に続けたかった僕の物語が、こんなことになるなんてね。…うん、悪くないと思ってる僕は、だいぶアイラ先輩に毒されてるんでしょうね」

「毒されてるだって?そのセリフ最高だね、僕の考えてる君の殺害方法は毒殺だよ。」

「そうですか。僕の考えている方法は…」


リブルの策を聞いたアイラは機嫌良く頷いた。


「ん!穏当でいいんじゃない?」


そうして握手を求めるように手を差し出す。


「じゃあ契約は成立だね?1つ目に、この後決める期限まで、僕らと君は晴れて恋人だ。2つ目に、互いの人格コアの譲渡…知る限り前例が無いから、譲り渡した後予期せぬ何かが起きるってことも考えられるけど、新しい君に然と受け渡そう。」

「ええ。これからよろしくお願いしますね?」


リブルはアイラの手を取った。


「これで僕の人格コアは、貴方のものですよアイラ先輩。うーん、これからはどう呼べば良いですかね?期限付きとはいえ、恋人相手に先輩呼びはどうかと思うのですが」

「んー?好きに呼んだらいいよ!歳も同じなんだし」

「では、アイラさんと。…流石に呼び捨てにするのはちょっと…恥ずかしいので」

「あっはは!なんだか僕まで恥ずかしくなってきた。とりあえずのところ、浮かれて吹聴しないでくれると助かる。風紀委員が“恋人ごっこ”だなんて不誠実なことをして!なぁんて厄介事はごめんだよ?」

「分かっているなら何故僕に頼み事を持ってきたんですか」

「決闘の時と同じ、ってね。僕らが誰彼構わず愛を求めて彷徨うと風紀は乱れるだろう?君が引き受けてくれてよかったというものだ」

「それを言うなら僕の方も、これでようやくアイラさんのことを一番近くで観察する権利を得られてよかったというものですね」

「おっと、決闘の対価なら、観察の眼差しを公認、おまけに多少関心を向け返すってコトで払えてたはずだと思うけどね?」


アイラはおどけて笑い、話を続ける。


「まぁ何かの折りに僕らの誰かがしれっと言うのがいいかな、気にされた時にね。橙色の彼女にでも託そうか!どちらの契約も僕らが頼んで、君が呑んでくれたことだ。」

「では、お任せします。まぁ、皆は僕がアイラ先輩と距離が近くても特に気にしないでしょうが…ね」

「ああ、この話は幾重にも決闘しながら進めてくことが出来たかもしれないのに、勿体無いことをしたなぁ…」


そう言う口振りほど惜しむ様子でもないアイラを見て、リブルは笑った。


「ふふ、他愛無いことで決闘するのも楽しいと思いますよ。アイラ先輩からの決闘なら、喜んで受けますね」

「他愛無いことですぐ決闘する恋人同士?はは!どうかしてるよそれは。ただ、僕らには願ってもない話だ」


その後の2人は正しく他愛ない話をしてその場を離れた。

互いに意図してか知らずにか、いつまで、の期限をなんとなく有耶無耶にしていた。

それを決めるのは今すぐにでなくとも構わないだろう。

少なくともまだ、明日は来るのだから。


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