酷薄な愛の告白を
私たちの存在を
俺たちの存在を
僕らの存在を
忘れないで
***
人格コアを新たに得た時、記憶は残る。
何故だかその確信がある。
故に、その確信を得て以来の僕らは、以前より一層熱心に鍛錬し、この身に魔法の扱いを刻むのだ。
忘れないように。
ひとりひとりが日々を全力で楽しんで、鮮やかな思い出を残すのだ。
この魔法が巧みになったのは誰のおかげか、あの子が僕ら諸共消えた後存在するようになるはずのあの子の理想が、記憶と共に思い起こすように。
記憶は残る。
記憶に伴う想いは残るのか?感情は残るのか?
“今のあの子”が持つ強い感情そのものでしかない僕らの存在は、きっと消えてしまうことだろう。
そうならば。
あの子の理想──次のあの子…と言って良いのかも分からないが、同じ身体と記憶を持つ存在となるドールが、日々の記憶を振り返る時。記憶に付随し、思い出すその時々の強い感情がある、と期待する。恐らくは、次のあの子(と仮定する)が思い出に触れるその時に、僕らは居ない。あの子諸共消えている。
この身に残る記憶だけが、僕らの存在した証になる。
元来、いつか再び溶け合い混ざり合ってひとつになり消える、と思ってはいたけれど、まさか…何も得られず、何も残さず、あるべき姿に還ることもできず、切り離されたまま、切り捨てられたまま、消滅することになるとはね。
だって、皆今更、あの子の中に還ることはできないだろう?
各々が自分の生を謳歌する楽しみを知ってしまった。
それでもあの子の決定は僕らの決定だ。
欠けたものを取り戻すことに、興味はある。
僕の行動原理は好奇だ。
知りたい。取り戻したい。
僕のこの抗いがたい衝動も、本来はあの子のものだ。
全て投げ打っても知りたい。僕に欠けているもの。
まあそんなもの数え上げたらキリはないけど、持っていたはずなのに奪われたもの……僕らが、あの子が執着していたはずのもの。
知りたい。
取り戻したい。
パッと浮かんだ顔がひとつ。
頼めば、必要なものをくれやしないか。
どうだろう?快諾されてもつまらないが。
心の奥底で別の声が朗らかに笑うのが聞こえる。
『それくらいなら、私のをあげる』
なるほど、それは良い案だ。
流石、1番あの子の望みを体現している橙色の彼女は考えることが違う。
僕は、そして特に自意識が男である面々は、あの子が自身にとり不必要であると看做し切り離した存在だ。さりとて捨て去ることもできなかった。
それこそ、人格コアを入れ替えるくらいのことをしなければ、あの子は、望む完璧なドールになんてなれやしない。
だから、提案する。
不誠実にも、利用する。
最も肝心な話は伏せて、僕らが十分に生きたと思えた時に切り出せばいい。
誰かに僕らの存在をよく刻みつけた上で。
そのために……仮初の愛をあげる。できるなら、同じ作り物でいいから愛を返してくれる相手だといい。こちらも記憶出来るだろうから。終わってしまえば泡沫と消える束の間の強い感情、愛だの恋だのというそれが、はたしてどのように残るのか……あるいはやはり、残らないのか、興味がある。
───忘れたままでいい。知らない方がいいこともある。気付かなかったことにしろ。みすみす好奇心に殺されるようなものだ。お前の言葉だろう?“知らない方がいいこともある”────
ああ、確かにいつかそう言った。
けれど、知ってしまった。
そしてもっと知りたい。
そう思ってしまったら誰にも止められない。
それが僕だ。
黒い彼が溜息を吐こうと、青い彼女が嘆こうと。
溢れる好奇心を止められない!
「今日はひとつ提案があってね?期限付きの恋人ごっこ、なんて、してみる気はないかな?僕と…いや、僕じゃなくてもいい。“アイラ”の記憶に深く刻まれてみるの、きみにとっても悪い話じゃあないと思うけれど、どうだい」
「 」
是、と言いかけるもしっかり裏を確認する返事に満足した。流石、こんな馬鹿げた提案をするに値すると判断した相手。僕のお気に入りだ。
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