アイラの魔法鍛錬:橙

とあるなんでもない日の夕刻。放課後、アイラはひとり秋エリアに来ていた。

秋エリアはアイラの気に入りの特訓場所だ。どのアイラにとっても。今この時のアイラを表すカラーは、陽気で能天気な橙。魔法の扱い方が大雑把であることは自覚しているので、一応は鍛錬をしてそこのところ、なんとかしようと思うのだ。


本日の目標は、幻視魔法をモノにせよ!である。

目の前の開けた空間に自身の姿を思い浮かべ、


「“写せ!”」


と唱えれば、目の前に作り出された己の姿は、いまひとつ輪郭がハッキリせず、それでいてピクリとも動かず、触れようと近付いて手を伸ばせば指先がすり抜けた。


「おお……」


これが幻視魔法。

私がもう1人。


「…動かないし、喋らない。」


当たり前だ。この魔法を貰った時、自分の幻を作れると聞いて少し期待してしまったが、これはあくまで光の屈折が見せるのと同じような仕組みを持った幻。音は反映されないので、対話はできない。そもそもこんなにピントの合わない映写画のような像では、何にも使えやしない………いや、暗がりで見たら、ことによってはゴーストに見えるかもしれないが。


「………鏡があった方がいいかな?…“反け”!」


自身の姿をもっとよく見れば、もっとはっきりと投影出来ると考えて、手近な巨木に反射魔法をかけ姿見に変えた。


自身の姿をまじまじと見つめ、記憶する。これが、私。毛先に向けて橙色になる黒い髪。中性らしい顔立ち。真剣な表情……を、じっと見ているとなんだか可笑しくなって吹き出してしまった。


「ふふふ!楽にいこう。失敗したって、誰も見てやしないし、ね。」


何も無い空間に、先程しっかりと見た自分の姿をイメージしながら意識を集中する。


「“写せ”!」


映写機を起動したかのようにぱっと浮かび上がったのは、アイラの頭。頭だけが、至極真面目な顔をして浮かんでいる。


「あっはは!ヘンなの!私ってこんな?そか、顔ばっかり見てたからかな。身体も見なきゃ。」


クラスカラーのイエローがワンポイントになっている茶色の制服は、着崩されずにきちんと整っている。足元は茶色のブーツ。雪原を歩いてきたので、少し濡れて泥に汚れている。


「これが私。いくぞー…リラックスして。リラックス、リラックス……ふー………『私』がそこに居る。『私』が。…他の誰でもない『私』を……“写せ”!」


パッと現れた幻は、生き生きとした表情で静止している。嬉々と魔法を使う、今この瞬間のアイラの姿。まさしくそれを現していた。


「うんうん、そうだよ、これが『私』!『私』はこうでなくっちゃあ」


満足気に頷いた時、つくん、と胸が疼いた。今の心境とは無関係に、高揚感が高まる。俺も、僕も、私達もと、内側から声が上がった。


「ふふふ、やあだよ」


アイラは笑って言った。


「順番ね。今、面白いこと思いついたところだから、まだだーめ!」


それから小一時間、アイラは幻視魔法の鍛錬を続けた。自身を人形に見立て、そこに光を当て、屈折を利用し像を投影するイメージ。人形は動かない?人形は動かない。かもしれないが、私はドール。動いて、話して、踊って、歌って、そんな幻を見せたい。


「“写せ”!“写せ”!“写せ”!“写せ”!“写せ”───」


コマ撮り映画のように、投影された像はぎこちなくも僅かに動きを持った。軽やかに呪文を唱えながら、くるりと身を翻したり、像に向けて深く芝居がかった動きをしてみたり。まるで鏡の前に立って、あるいはそっくりな双子が向かい合ってワルツを踊っているかのようだ。魔力を消費し続けて段々とハイになってきたアイラには、もはや幻を相手に踊っているのか自身が幻であるのか分からなくなってきた。目の前の相手の足元には影が無い。私には?ちゃんと影がくっついているだろうか。足元を確認しようとして、濡れた靴が木の葉をに滑り、転んだ。


バサッと木の葉の布団から空を見上げる。黒に染まりつつあり、僅かに橙色の残る空。

幻は掻き消え、ひとり、空の下。


「帰るかあ…」


やあだよ、と、意地悪く言う声がした。くたびれてしまって、浮上しかかっている意識を沈めるべく抵抗する気力が無い。


「分かったぁ…」


目を瞑る。


開いたその目は好奇心に輝いていた。


「さあ!僕の番だ。魔力は残り…うん、少し余裕残すとしてあと1時間はいける」


「唱え続けなきゃならないんじゃ効率が悪い。呪文を使わずに出来るのが理想だけど、イメージを助けるためにはまだ、今はあったほうがいいな。感覚をしっかり掴めば……」


わくわくが止まらない、という表情。どのアイラよりも自身の快を求める、色分けするならば黄色の声は、楽しげに呪文を形作っていく。


「そう、例えばこんなふうに…歌うように。」


「“『僕』はここに。『僕』の前に、写せ。『僕』を『僕』の前に”」


投影されたアイラは、少々口の端を上げ、面白くて楽しくてたまらないといった様子だった。


「うん、そうそう。これは『僕』だな」


ワルツが再開する。先程より短い間隔で投影しているので、像の動きが滑らかに見える。絶えず詠唱し集中を切らさないアイラは、徐々に興が乗ってきた。


「ラララ、ラララ、ラララ ラララ………」


適当な節をつけて口遊み、先程まで言葉通りに唱えずとも、幻は眼前に在り続ける。よし、これならば呪文を唱えずとも幻視魔法が使えるようになる日は近いのでは?


戦術的に、声を出して本体の居所を悟られてしまっては幻を見せる意味が無い。無詠唱はこの魔法の必須に思える。


感覚を覚え込むために、歌って歌って歌って歌って、そうして意識せずとも頭の中に呪文が流れるようになったところで、声に出すことをやめた。動きは止めない。幻は消えない。すばらしい!よくやったじゃないか!機嫌よく手を叩けば、像も同じ動きをした。


まだ暫し、この感覚を忘れないように。身体に刻め。忘れるな。


アイラは静かに幻視魔法を使い続けた。

試しに無言のまま動きを止めてみても、幻は静かにアイラを見つめ返した。


幻視魔法だけじゃない。使うことの出来るようになったひとつひとつの魔法を、全ての自分の鍛錬の成果を。そうすれば…この先何があってもきっと、身を助けてくれる筈だ。


ほんの一瞬物思いしたことにより、遂に魔法が途切れた。脳内で無意識レベルで唱え続けていた詠唱が遮られたのだ。


ここまで、3時間。魔力はほぼ空っぽで、動くのも億劫だ。


「あ〜〜〜〜夢中になり過ぎたあ……誰か運んでぇ…」


ぱったりと地面に倒れた。

眠い。眠過ぎる。

風が吹くと木の葉が身体に乗り、更に落ち降り積もってきて、あたたかい。眠い………



「うわ!?今何時!?」


目覚めたアイラは、空を見上げた。真円の月が輝いている。


「わあ……」


きれい、と呟き何気無く自身の身体を見れば、見事に葉っぱまみれだ。あらかた払ったが、まだついている気がしてならない。しかし今そこらの葉っぱにでも反射魔法を掛けようく姿を確認でもしようものなら、本当に動けなくなるだろう。どうせならこの状況、私たち内側で共存する声の統括者たるあの子に任せてしまいたいところだけれど……


そこまで考え、橙色を自負するアイラは奮起する。


「いや、いやいや。ちゃんと私が帰ってみせるけれども!しっかし…この状態で冬エリア越えてくのかぁ…今から……。温泉、とか、入ったら回復しないかな。」


そんなゲームみたいな話無いよねえ…と、独りごちながら、アイラは重い足を引き摺って、ガーデンを目指すのだった。



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