秋の幕間に

1.【透】


秋祭りが終わり、数日後にはハロウィンを控えている、束の間の静かなひととき。

風紀委員のリブルの呼びかけに応え、アイラは夜のガーデンを一緒に見回ることになった。


集まりの中で顔を合わせたことはあっても、こうしてあらためて1対1で会うのはこれが初めてになる。


アイラとしては、これまでの関わりを思うに問題は無かった筈である。しかしリブルは、光る腕輪を身に付けて足取り軽く登場したアイラを見て、表情を強ばらせた。

リブルにとってアイラは奇異な存在であった───良く言えば、興味の対象として認知していた。思惑もありつつ手伝いを求めた自身の声掛けに対し、思いがけない方向から………あまり直接話し掛けたいと思ったことは無い相手から、返事が返ってきてしまったことになるのである。


リブルの思うところなど露知らぬアイラは、これは知らない間に障壁が出来てたパターン…と内心で若干遠い目をしつつ、まあるくやわい、明るく元気な橙色の彼女を意識し話す。


「花火大会以来だね!今日はよろしく!」

「秋祭り中誰も見ていない様子だった呼び掛けに、今更貴方が立候補するとは思いませんでしたが、よろしくお願いします。アイラ先輩」

「やー、忙しかったからね~!見てはいたんだけど、返事するの忘れてた!」

「先輩らしいですね」

「先輩!ふふふー、いい響きだよね!どんどん後輩が増えて本当に嬉しいよ~。みんな可愛くて、優しくて…あ、男の子に可愛いはちょっとアレだったかな?」

「いえ…僕には性別というものがないので大丈夫ですよ」

「そか、リブルくんも中性だっけー!私もなんだけど、でも、うーん……どっちもあるよの中性、かな?……えっと、なんでもない!!忘れて?」

「まぁ、性別なんて些事ですよ。どっちであれ、僕は僕。先輩は先輩です」

「私は私、私は……」



2.【橙】


「私は、私。“アイラ”だよ!」

「自然に切り替わりましたね…貴方も初めまして。いや、いちいち挨拶は不要ですか?」

「え?…すごい!切り替わったの気付いたんだ。ごめんね、そーいうのあんまり人前でやらないようにしてるんだけど、最近ちょっと疲れ気味でね〜」

「それは…落ち着いて休めば回復するのでは?」

「ん〜…いやさ、なんだか落ち着けないというか?なんかね、そわそわしちゃって」

「それは先輩がいつも取り繕って生活してるせいもあると思いますけどね」

「?……なんにも取り繕うとかしてないよ!私は本当に色んなことを楽しんでいるし、あの子はそんな私を表に出したい、私らしくありたいと心から望んで、そう振る舞ってる………うん、だからまあ、疲れちゃってるんだよね。」

「まぁ、いつものアイラ先輩よりかはだいぶやぶれかぶれに見えますg…」

「だーれがやぶれかぶれ先輩か!」

「そんなこと言ってませんが?」

「やぶれかぶれになってるっていうか、──暴れだしたい!なにもかも壊してしまいたい!わーわーわー!っていう、そういうのがいるんだよ。あの子の中に。私の他に。まあね、あれも私ってわけなんだけど、受け入れ難いよね〜」

「それは興味深いです。入れ替わってみてもらうことって出来ます?」

「ん?…見てみたい?なぁんて。あはは、物好き!あんまり観察されると照れちゃうなあ」

「下手な誤魔化しはしないで良いですよ。今は二人だけですので」

「んー?どうしよっかなー…いやさ、ほんと厄介なんだよ。抑えきれなくなりそうで…。わりと…しんどいかも」

「その時は風紀委員として、どうにかしますよ」

「あはは、助かる!ありがとね。そうはならないつもりだけど」

「?何か策を用意してるんですか?」

「うん。ひとつ考えてることがあってさ、不意に暴れ出さないように…不特定多数のドールに対して攻撃的にならないように、一度、ルールを決めて発散させられないかなって思うんだ」

「発散…何か手立てでも?」

「んーとね、……言いにくいんだけど……決闘、とか。」

「それは…まさかあのアイラ先輩からそんな言葉を聞くとは思いませんでした」

「まあね!そういうこと言い出すの、私らしくないじゃない?募集かけることも出来ないから、現実味はない、実現する見込みはないんだけど…」

「…これも何かの縁です。僕で良ければ」

「相手してくれる?ほんと??わあ!ありがと!助かる!」

「無差別に暴れられる方が困るので…少しは運動もしたかったですし」

「うんうん!それじゃ、ルールを決めよう」




3.【赤】



決闘の舞台はグラウンド。

平和な夜回りの筈が、2人のドールは、一転して殺伐としたムードを漂わせた。


「しっかし、身を隠しながら戦闘するのにおあつらえ向きの暗闇だってのに2人して光りモン着けてんの、間抜けだよな」

「仕方ないでしょう、明かりなしに出歩くなというルールがあるんですから。カプリが首に秋祭りのブレスレットを掛けて来ていてよかった。」

「風紀委員サマはお堅いねえ!んで……決闘の対価だが。敗者は今夜の記憶を奪われる…なかなかえげつないこと考えるな。あんた、性格悪い、って言われないか?」

「まぁ、センセーに聞いて出来なければそんな約束も無意味ですけどね」

「ああ、それもそうだな。よし、聞いてみるか。………なぁんだ、ダメらしいな。んー……、まどろっこしいなあ。俺対価なんか要らないんだけど。」

「まぁ、僕も正直興味はないですね」

「んじゃあ勝ったら負けたやつに何かひとつ命令できる権利。俺が勝ったらもう一戦な!」

「じゃあ、僕はアイラ先輩のことを観察する権利、とか?まぁ、ストーカーになる気はないですが」

「?」


アイラはぽかんと口を開け、

そして吹き出した。


「俺を??観察する権利??…だっはっは!!そりゃあウケんな!いいけど、折角の“なんでも命令できる権利”だぜ??…ま、いいや。俺負けねえし。 ルールの方を確認しとく、…相手に負けを認めさせたら勝ち!でいいな?」

「ええ。それで問題ありませんよ」

「おっけー、全力で勝ちに行くぜ?」


「“瞬け!”」

「ぐっ、こんな夜更けの決闘でいきなり…!」

「はっは!目眩しってやつだ」

「クラスコード:イエローの魔法…きちんと学んでおくべきだったか…!」

「まあ魔法なんか使う必要もねえ。こんなふうに近くでピカッとやりゃあまあ使えなくもないが、威力が無いんだからケンカにゃ役に立たねー…、…いや、結構効いてンのか?あっは!いいねえ、いいねえ」

「それが暴れたいアイラ先輩の人格…なるほど、誰とも違う…!」

「どぉら!ははっ!反撃してこいよ、つまらねえ!」


発光魔法で視界を奪いながら型も無くただ殴りかかってくるアイラに、リブルは防戦を強いられるが、隙を見付けてすかさず魔法を使用した。


「なっ、水!?」

「水泡魔法です!僕だって魔法は多少使えるんでね」

「クソッ、目眩し、こんな方法でやり返してくるなんてなあ」

「やられたらやり返すのが、決闘の鉄則では?」

「ははっ!そりゃたしかに。だがこの程度でどうこうできると思うなよ!」


アイラは勢いよく顔に掴みかかる、と見せ掛けてその手からまた発光魔法を繰り出す。一度の魔法で多くの魔力を消費するリブルは、しかし、隙を見逃さず的確にアイラの視界を奪う。


「チッ、なんだよ、水、しつこいなぁ!!」

「明確な攻撃方法も無いので、すみませんね!」


声の出処を探し、アイラは辺りを見回す。真っ暗で足元も見えない。


「逃げ足の早い…見失った?」


だがすぐ見つかるはずだ。


「チッ…発光魔法でもっと明るくして探し出───うわっ!?」


水溜まりに足を救われひっくり返った。律儀にブレスレットの明かりを灯したままアイラの死角で息を潜めていたリブルは、アイラを取り抑えた。


「…ッ…いってー…」

「こんな単純な罠に、引っかかるものなんですね」

「くそっ!」

「これで僕の勝ちですね…!」



4.【黒】


転倒したところをリブルに抑え込まれたアイラは、深くため息を吐いた。ガラリと纏う空気感が変わる。


「………はー……めんどうだな。クソめんどくせえことになってる…俺は静かに過ごしたいんだが」

「じゃあ大人しくしていれば良いじゃないですか」

「負けを認めろって?……はは、」


「イ ヤ だ ね」


んべ、と舌を突き出して、楽しげに笑みを浮かべる。声音は低く理性的だが、どこか昂っている。


「ははっ、俺にしちゃ珍しく高揚してるなぁ。らしくはないが、試してみたかったことが試せそうだ。ついでだから付き合ってくれよ。決闘中なんだろ」


「そんでまあ………

負けを認めてくれてもいいんだぜ?」



「“浮かべ”」


アイラはリブルに取り押さえられたまま、浮遊魔法でリブルの周りを囲むようにいくつかの小石を高く浮かべる。

冷静に片手を掲げ、小石が飛んでくればいつでも水泡で撃ち落とせるよう集中し備えたリブルは、怪訝そうに眉をひそめた。小石は頭上に留まっている。


「どういうつもりです?」

「こういうつもり、だ!」

「ッ、」


自分への注意が逸れた隙を見てリブルの腕を振り解き逃れたアイラは浮遊魔法を解く。


「“反け”」


落ちる小石に反射魔法をかけ鏡の属性を付与し、


「“瞬け”」


最高出力で光らせた手をかざす。


「ぐ、」

「ははっ!なかなかイイだろ?一瞬一瞬で魔法かけて、魔力を最大限効率的に使う。最大容量が少ない分、節約しないとな」

「……一度に2つの魔法を使うことは出来ないはずだ」

「同時じゃない、タイミングをズラしてる。イエローの反射魔法はそっちの疎水魔法と一緒で、持続性があるんでね」


「悪いな、負けたくない気分なんだ……俺のままじゃ決め手に欠けるけどな」


アイラはゆっくり目を瞑り、身体の支配権を手放す。目を開くと同時に、その内面を表すカラーは理性的な黒色から、粗暴な赤色へと豹変する。


「はっはあ!動き止めてちゃあ良い的になんぜ!」


暗闇で間近にフラッシュをたかれたような状態のリブルにアイラが殴り掛かる。


再び防戦を強いられるリブルの目の前で、アイラは楽しそうにくるくると入れ替わり、策を弄する理性的な人格が魔法で視界を奪っては、粗暴な人格が単純な攻撃を仕掛ける。


リブルは相棒を気遣いながら、攻撃の嵐を避けようとし、やがて遂に弾みで白蛇が肩から振り落とされた。白蛇は微かに身じろいで、動きを止める。


「──!!」

「『な!?』」


リブルはふらつく足取りで白蛇に駆け寄った。

アイラは動揺していた。


「蛇が、」

『動かない。殺してしまった…のか?』


破壊衝動はあれど生き物を殺めるつもりは無かった。今表に出ている赤色は勿論、裏で交代のタイミングをはかっていた黒色も呆然としている。

「…よくも相棒を!!」

「うおっ!?」


怒り心頭でやみくもに飛び込んできたリブルをまともに受け止めたアイラから、赤、黒、どちらともつかない声が上がった。


アイラに馬乗りになり、拳を振り上げたリブル。

アイラはきょとんと場違いな表情で瞳を瞬かせ、

にやりと口角を上げた。



5.【黄】



「あ〜あ、捕まっちゃった」

「今度こそ逃しませんからね」

「どう?僕とも一戦。」

「俺ももうくたくたなんです。相棒まで傷つけられて冷静でも無いですが」

「蛇くんのことは2人とも悪かったと思ってるよ、心底ね。心の底に沈んで反省中!あんなにしょんぼりしてる黒い彼を見るのははじめてと言ってもいいくらいだ!」

「何を楽しそうに…」

「おー怖い怖い!───“浮かべ”」

「ぐっ、うわっ!?」

「あっは!まさか逆さまで宙吊りになるとは思わなかったでしょう?どう?練習の甲斐あってこれだけ自由に“歩ける”ようになった………ふふ、まあ、落ちるのも時間の問題だけど。靴に浮遊魔法掛けて足引っ掛けながらぐるぐる歩いてるだけだからさ」

「アイラ先輩、貴方どれだけ魔法を使っていると…」

「ん〜?そうだね、赤い彼も黒い彼も魔法をバカスカ使い過ぎ。魔力がいい加減尽きちゃうよ。ついでに言えば体力だってもう限界。魔法のコントロールに集中し過ぎて、頭も割れそうなくらい痛い。実際頭から落ちて割れたらどうなるんだろうね?コアが破壊されなければ直してもらえるのかな?……多分ね」

「…その前にセンセーから罰則を喰らいますよ」

「自殺は校則違反?ああ。でも別にほら、自分から死のうってわけじゃあない。魔力が切れたから落っこちちゃった…っていう、あくまで事故さ。それにそもそも決闘中のことだし、ね?」

「決闘ならアイラ先輩の負けでしょう!?」

「あっはは!まだ終わっちゃいない!君とあらかじめ定めた勝利条件は、“相手に負けを認めさせること”…僕はまだ負けを認めない、と宣言させてもらうよ。なぜって………僕が底抜けに意地悪だからさ!」

「ぐっ…ここからどうやって逆転するって言うんですか!」

「そうだねえ…君にひとつ提案だ。間もなく僕は魔力切れを起こす。君は、君の相棒を傷付けた“アイラ”を助けるかい?別になにもしなければ…ふふふ、両者負けを認めず引き分けってコトになるのかな?そしたら勝負は持ち越しだ。また遊ぼう。君が“アイラ”を助けるというのなら…これはどういう判定になるのだろうね?自分の心を曲げた君の負け?さんざ煽った相手に助けられてしまった僕の負け?…ふふふふ!その時は僕の負けってことにしてあげよう。瞳に怒りを燃やす君は、“アイラ”を見殺しにする。僕はそっちに賭けよう。これが最後の勝負だ!ここまでお付き合いありがとう、リブルくん」


そうして、アイラは、落ちた。


「……あはは、驚いたなぁ。浮遊魔法で落下を遅らせながら、身を呈して受け止めてくれるなんてね。」

「さっきのアイラ先輩は、相棒を傷つけた子じゃ無いでしょう…?」

「…あっはっは!なら君が意識して目で追う“アイラ”も僕じゃなかったはずだろ?君は中々面白いね」

「…は、え、はぁ…!?何をいきなり!」

「ん?耳まで真っ赤になってどうしたんだい?」

「僕が先輩の事を見ていたの、知ってたんですか?」

「──ああ、知ってるさ。知らないフリしてても視線には敏感でね。僕らが全校集会で罰則ポイントの付与を告げられてから、僕らの存在を気にしてくれてたろ?風紀委員としてか、それとも……まあ、なんだか知らないけど。」

「ただ、色んな人格がいるアイラ先輩が気になっただけですよ」

「あっはははは!トんだ地雷系で、踏んだこと後悔したろ?!あははは!!………は〜………まあ楽しいお喋りの続きは、またいつか………今夜のことを覚えていられたらね」

「まぁ、本当に忘れてるかなんて確かめる術はないですけどね」

「あ〜〜疲れた。視界がぐるぐる回る……気持ち悪い……」


アイラは目を瞑った。


「それじゃ、君の“アイラ”を返してあげる。あぁ、いや、念の為言っておくけどくれてやるっていうんじゃあない。あげないよ?」

「う….元からそんなつもりなんてないですけど!?」

「はっは!君の熱い視線に“僕からの”好奇の眼差しくらい寄越してあげてもいいよ。ただ僕らの全ては僕らのものだ。誰にもあげない。奪わせやしない」

「…僕も、奪うのも、奪われるのも絶対にごめんですよ。同意の上で渡すなら...やぶさかでは無いですが」



6.【透】


目を覚ましたアイラは、常の様子だった。


「ん………あれ、リブルくん?」

「やっと起きました?お寝坊ですね」

「私……痛っ……」

「怪我が酷いので、動かないでくださいね」

「リブルくんも凄い怪我してる!?」

「僕のは、大したこと無いですよ」

「私、さっきまで何して…」

「浮遊魔法での悪あがき。ですね」

「浮遊魔法…?落ちてくるのを受け止めてくれた…のかな。夜回りするはずだったのに、何してるんだろ、あはは…。…ありがとう。ごめんね」

「当然のことをしただけですよ?」

「バグちゃんに頼んで包帯とか買わなくちゃ、…いやいやいや別にいいって、そんなわけにはいかないでしょ!?あげるポイントが無駄になる…?そんなこと言ってる場合じゃないって!!」


アイラがバグちゃんマーケットで注文をしている間に、リブルはセンセーへ勝利報告をする。

例え記憶を引き継がれなくとも、“アイラ”が大暴れした事実は消えない…少しは溜まった澱が抜けたことだろう。





翌朝のこと。


「リブルくんだ!おはよー!…うわあ!?すごい怪我!!どうしたの!?」

「風紀委員としての仕事で、ちょっとヘマをしまして」

「その怪我が、“ちょっと”……!?風紀委員は大変だねえ……!………なんてね、“私”のせいだよねえ……ふふふ、ありがと!その様子じゃ包帯を断り切ったみたいだね。私の部屋にあるんだろうから、いつでも声掛けて?」


少しすまなそうにした後、ひらひらっと片手を振りながら笑顔で去っていったアイラは今、多分昨夜決闘のお膳立てをした人格が表に出ているのだろう。


『ええ。貴方のせいですよ…色々と』


口には出さなかったのに、リブルの耳に腹立たしい笑い声が届いた気がした。



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