アイラの秋祭り
心地よい風が吹き抜けて、ふっと我に返った。
心に被せた橙色の仮面が、風で舞い上がる秋色の木の葉と共に飛んでいってしまったようだった。
さっきまで一緒に居た2人のドールは、既にそれぞれの友達のもとへと行ってしまった。
今ここには、透明の私だけが居る。
ひとりだ。
寂しくは無いが、
誰の声も聞こえないこの瞬間、
どうしていいか分からない。
どうしていいか分からない。
幸いなことに私の手元には、橙色の彼女が好んで履いている靴がある。透明になれるマギアレリック。
迷わず靴を履き替えた。
「じゃじゃん!!」
少し大袈裟に腕を拡げる。
その姿は誰にも見えないことだろう。
これでよし。
私はアイラ。
楽しいことはなんでもやってみよう!
ひとりでも
ひとりじゃない
楽しむためにはそう………
明るく振る舞うことだ。
さっきまで履いていた靴に縮小魔法をかけて、ポケットにしまう。
今の私は、他の人の目からすると、履いている靴だけが見える状態だ。
もっともこの人だかりで、“靴だけが歩いている!”なんて摩訶不思議な状態を、気にする人はきっと居ないだろう。
…おや、秋祭りを楽しむドールたちの間に見えるあの後ろ姿は………
この靴を手に入れるきっかけとなった、七不思議調査を共にした、
橙色の彼女が笑みを浮かべる。
それを私の顔に貼り付ける。
ほら、もう大丈夫。
「そうそう、今日も楽しもうー!」
少し大袈裟だと私は思うけれど、
拳を天に高々と掲げた。
足取り軽く、見知った顔の後を着いていく。
*
*
*
「見失っちゃったあ……」
彼女の赴くままに任せて口を開く。
その奥で静かに蹲る私が居る。
先程まで追い掛けていたあの子は、“私達”のことをどちらかと言えば好まない様子であった。無理もない、私が失敗してしまった。迂闊にも、“私達”の一端を見せてしまった。それは、他のどのドールにとっても好ましくない、……それはそうだろう。きっと、誰にとってもそうだ。これからは一層気を付けよう。日々を楽しく過ごすためには…私が上手に、“私達”の統率をとる事だ。
……柄にもなく悩みすぎているな。
そう感じた時、ふと、今日を共に過ごしていた2人のドールの顔が思い浮かんだ。
ロベルトくんはとても可愛い後輩だ。素直で、頼りになる。構うと、無い心がほわほわするような気がする。
同じイエロークラス2期生のリラさんは、とても優しい子だ。やっぱり頼りになるし、話していると、無い心に穏やかな風が吹く気がする。
そんなふたりと、夏に花の種を植えた。
今日は、その成長を見届けたのだ。
秋風に揺れる、太陽と秩序と風詠の花。
まだ暫くは花を楽しめるだろう。
3人で花の成長を喜び合った。
その後、3人で少し屋台を回った。
2人はそれぞれ友達と約束があるということで、途中で別れた。
私も!………なんて。橙色の彼女は実に流暢に嘘をついたけれど、“私達”に友達との約束なんてない。
「…………」
透明な私の周りで、祭りは賑わう。
対照的に頭の中で日頃うるさい声達は、おかしいくらい静かだ。
今日は、なんだかしんどいな。
彼女に任せて目を瞑ってしまおう。
楽しい午前中だった。
楽しい、秋祭りだった。
*
*
*
「………ふー!やれやれ、まぁた私の出番、かあ!最近多いような気がするねえ」
まあ私だって話したい、動きたい、遊びたい、楽しみたいから、身体の操縦を任されるのは、勿論勿論大歓迎!
楽しい思い出は共有されたりされなかったりする、けれど、まあまあそれでも構わないでしょう!
アイラちゃん、行きまーす!
「センセー!くじ引きがしたいです!」
あの子の望むものは分かってる。
*
*
*
「ブレスレット!欲しかったんだ!」
イエローのブレスレット。ぴかぴか光って綺麗だ。左腕に着けた。
「わーい、ステッキ!欲しかったんだ!」
色が変わりながら光る。なるほどね、これは魔力を吸うのかぁ。まあいいや!音も鳴る。楽しい。
「次は金魚掬い!」
はじめは逃げられたけど、再挑戦で2匹掬った。ら、ポイが破れた。
「残念……金魚、持ち帰ります!」
右手にステッキと金魚の袋を持って、透明シューズを履いたまま、寮へと向かう。ひとやすみを兼ねて、浴衣を着に行こう!“私”ときたら、折角友達たちが一緒に選んでくれた浴衣を着ないで秋祭りに出てきたのだから。まぁ、覚えていなかったのだから仕方ない。
*
*
*
浴衣に着替えて金魚を愛でている。
ひとやすみひとやすみ。
黒と橙色の2匹は、黒の彼と、私みたいだ。
あの子の瞳の色でもある。
私の瞳の色…でもある。
「よーし!ではでは、金魚ちゃんたち、ついておいで!外の世界を見せてあげよう!」
いざゆかん、校舎の屋上!
七不思議調査の時と同じく、掲示板で待ち合わせたドール、ヒマノ先輩が待っている。
行方不明になった花火を探し出し、花火大会を取り戻すのだ。
「楽しいことなんでもやってみよう!新しいドールとの出会いも、一緒に宝探しも、花火大会も、楽しい。楽しい!」
笑みがこぼれる。
日々がこんなにも楽しい。
私という存在が失われるその日まで、
私があの子に還るその日まで。
この日々は私のモノ。
感じうる全てが愛おしい。
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