第49話 王は目で見て、絶望をする
「さあて、アルトゥロ=パチェコ男爵は、王国貴族としてその責を負わず、あまつさへ調査に向かった軍を壊滅させた。その行動、メリディオナル王国への謀反とする。それによる討伐を実行する。進軍」
「「「「「うおおおぉ。―― ぎゃあぁぁーー」」」」」
進軍を告げた瞬間、パンパンパアンと乾いた音が一斉に鳴り響く。
先頭で、矢を警戒して持った盾。
それは、分厚く大きな物だったが木製である。
矢は止まったが、大きな音で撃ち込まれた何かは、止まらなかった。
一撃で、盾は倒れていく。
開いた隙間へは、矢が飛んで来る。
前面で構える弓は見た感じ、王国で使われる普通のもの。
そう、敵が多いので、近距離用の偽装。
前で構えた弓隊。
その後ろから、本物は飛んで来る。
「ええい。ボロいが飛距離があるぞ。盾を構えろ。上だ」
命令を下す隊長級は、馬の上にいて少し高い。つまり目立つという事。
「ばかじゃな」
そんな言葉と共に、射貫かれ、撃たれる。
櫓の効果は絶大で、上から大将級の位置が克明に知らされる。
そう隊は無事でも、指揮官がドンドン消えていく。
それがすべて一瞬のこと。
総大将が気がついたときには、自身も撃たれて落馬をする。
そして敵軍は、命令が止まり矢の脅威に負けて、引き始める。
その時間、わずか三〇分程度のことだった。
後ろで見ていた者達には、理解できない。
この平原、多少の起伏しかなく平らだ。
「しまった。我らも櫓を組むべきだったか、戦況がつかめん」
はじまってから気がついたが、すでに、前軍は敗走に入っていた。
「なんじゃ。何が起こった」
後ろで騒ぐが、すでに怪我人多数。
死者も半数以上。
盾隊と弓隊は、全滅。長槍隊は半数が何とか敗走。
騎兵達は生き残っているが、派手な目印を付けた隊長はすぐに死んだ。
兜の上に、
「もう、負けたのか?」
軍自体の編制が違う。
王国軍は、専任が多く、全員が弓兵に近いパチェコ男爵軍とは、相対的な人数が違う。
それに、人数が多くても、王国が使う弓では飛距離が短くて、後方からは矢が放てない。
それに比べて、パチェコ男爵軍は立体的に兵を配置。
全員が射ちまくりである。
矢さえ尽きなければ、問題ない。
だが、準備期間は十分あり、それも問題ない。
元々産業がなかったため、農民達は仕事の合間に内職として励んだ。
状態は分かっている。
苦しかった生活が、急に上を向いて楽になった。
王国はそれが気に入らず、男爵を誅しようとしている。
細かい理屈は良い。
女神のような奥方が来た後、劇的に良くなった暮らし、それを手放すのは嫌だ。
領内は、女神様のために。暮らしのために、それを合い言葉に一丸となった。
「ええい。何をしておる。すぐに再編成をしろ。隊長のエフェリーネ=レンセンブリンク伯爵はどうした?」
「伯爵は、討ち死にされました」
兵が報告をする。
「他にも、レーダ=ヴァレンティーノ男爵、アレクサンドラ=マロヴァ男爵、エスター=ワイマン男爵、その他書く騎士爵の方々が。敵は、集中的に大将首を狙ってきています」
その報告に、驚いたのは各貴族達。
今までは、後ろで構えて、命令をすれば良かった。
失敗しても農民どもが死ぬだけ、今回は子飼いの兵だが、志願を募ればどこからでも湧いてくる。
だが、兵ではなく、指揮官が優先的に狙われる?
それは、戦略としては正しい。
それを考慮して、距離は取っていたはずだ。
「何故か、向こうの矢は強力で、各大将が装備をしている鎧を、突き通しております」
「そうか、ありがとう」
王が礼を言い、場全体にどよめきが起こる。
あらかじめ聞いていた。
射程の長い弓。それを実際現場で受けるのは、こんなにも恐ろしいことだったのか。
此方からの矢は届かず、一方的に射たれるのみ。
それも命令系統を狙われれば、軍としての運用も止まってしまう。
「戦う前から、負けておったな」
そう言って王は、そびえ立つ櫓を眺める。
「あれは簡易だが立派な城壁。自軍の武器を有効に使うためのしくみ。ふっ
愚かな王は、死を持って償うか……」
周りにいる貴族も、愚かな王を誑かした責を負って貰おう。
貴族達も、急に画期的な案が浮かぶわけもなく、一般の者達に紛れるくらいしかできなかった。
そうなると、場全体が見渡せず指揮が不足をする。
そしてその動きは、上からは丸見えだ。
「隠れているが、あそこから伝令が走っている。あいつだな」
王の考えた第2陣は、物量。
残りの全軍を持って、敵の陣へと切り込む。
命令はただ一つ、一団となって敵を倒せ。
これならば、細かな運用は必要ない。
敵の攻撃が苛烈であれば、届かず。
此方の勢いが強ければ、また向こうの矢が尽きれば、此方の勝ちである。
これは、戦法と呼べるものではない。
言わば、特攻。
命を捨て、勝利を取る。
奇しくも、それが王の決意となった。
だが、強力な攻撃は第一陣と違い、その凶暴な牙を隠さず、撃ち込んできた。
空から、命を奪う雨が降り注ぎ、正面では怪我した者達が行く手を塞ぐ。
自軍の矢が届かない場所で、ひたすら攻撃を受ける。
「これほど…… なのか?」
王は、死の間際。自身の感じていた恐怖を身をもって経験した。
すでに、両翼も囲まれ逃げ場などない。
「おろかだった。すまない」
その言葉は、誰に対する物かは分からない。
ただそれが、末期の言葉となった。
すでに、その言葉を、伝える者は誰もいなかったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます