第47話 双方の思惑と王の決意

「ええい。奴らはどうした」

 デニス=ヘルストレーム伯爵は怒るが、帰ってこない者は帰ってこない。

 もう出発の時間がやって来る。


 そう言っても、目と鼻の先には敵は見えている。


 片付けの時間を取ったため四日前になるが、相手は、警戒を解かずじっとこちらを見ていた。


 当然、ジャンパオロ=オリヴェル伯爵とエミリアン=リクハルド男爵は下品な妄想を垂れ流して怒りを買った。


 貴族とも思えない下品なモノ。


 そう、領を救済したと女神と称えられている慶子に対し、白昼往来で見世物にするとか、ピーするとか。


 まあまあ、下賎な奴らよと隊長である、セルソがため息を付く。

 そして、練習がてらの殲滅戦は見事はまった。

 相手は打開策も見つけられぬまま、ただの標的として、倒された。


 本当に、この世界の戦いとしては、あっという間というのが正しい。

 普通は、日没まで、わあわあと戦い、数日を掛ける消耗戦。


 徴用兵である、農民達が減ってくると、手打ちなども結構ある。


 だが今回は、貴族達も含め殲滅。

 あまり有ることではない。

 貴族が死ぬと、王を挟んで色々とややっこしい貴族社会。後々問題となる。


 今回は、開き直った事もあるが、下品な貴族を生かしておくな。

 そんな気持ちが、爆発をした。


 武器を持ち、強くなった農人達。

 普通なら、剣の支給などもってのほか、棒きれを持ち、農民同士で殴り合い。

 下手をすると、その最中に背中側から矢が飛んでくることもある。


 それがだ、革に金属を埋めたものだが、鎧を貰い。

 服に靴。

 指なしの革手袋。

 矢よけのマントまで。

 すべて支給された。


 訓練は厳しかったが、武器の扱いは簡単ですぐ覚えられた。


 その好待遇を、決めて執り行ってくれたのが、女神様。

「徴用兵とはいえ、仲間であり戦力です。この方達が死んでしまえば、作物の生産をあなた方が出来るのですか?」

 聞けば理不尽な話だが、農民達にとっては、ありがたい話だ。


 当然だが、文句を言っていた、貴族達も従う。


 国中から蔑まれていた、この領の貴族。

 すべてが貧乏だったが、すべての家に役割を与え、目に見えて生活が楽になってきた。

 その差配も彼女だというのだ。


 従わなければ、元の生活に戻ってしまう。

 今更それはできない。


「気に食わんが、あの能力は本物だし、領主であるアルトゥロ男爵が心酔をしている」

 そんなことを言って、渋々だった者達も、今回の戦いで本当の恐ろしさを理解する。

 武器が変わったからと言って、どうなるものか。そう言っていたのもわずか。

 同程度の人数だとしても、一方的。

 そう一方的なのだ。


 見たことのある、隣のへぼ領主達が相手だったが、そのために中に混ざっていた武の者を見知っている。

 それが、何も出来ず倒れていった。


 時間が経ち、それが事実だと頭が理解したとき、人を小馬鹿にして笑う女。

 その姿が、恐ろしくなってきた。

 あの笑いは、すべてを見通し出ていた笑い。


「大丈夫ですから、迎え撃ってください。よほど馬鹿じゃなければ王様は引いてくれるはずです。引かなければ、いっそ倒しちゃいましょうか? あーまあ。これは、冗談ですけれどね」

 そう言って、笑っていた。


「ひょっとすると、本気で?」

 『倒しちゃいましょうか?』

 その言葉が、主立った貴族の中で繰り返される。


 先代、先々代から聞かされていた打倒王家。

 現当主が、あれは間違った情報だったと言って、拳を降ろし、影ではふぬけだと言われていた。

 だが大義さえ有れば、やる気だった?

 理由が誤りだから、一旦反故にした?

 本質は……


「いやあ、実際目にすると怖いよ」

「そうだな。後ろで控えていた騎兵達。まさか、直接矢で射貫かれるとは思っていなかっただろう」

 セルソが、ホアキンの問いに答える。

 今回は、アルトゥロの親友である、セルソ=エスピノ騎士爵が指揮をしている。

 どうこう言っても、ここは男爵領。人材は乏しい。

 

「ああ。今までの戦場と距離感が全く違う。もう歩兵など必要ない」

「いやあ、単純な歩兵など、此方の軍には居ないけれどね」

 フアニートが嬉しそうな顔で、突っ込んでくる。


「そうだったな。一番数の多い徴用兵が射手になる。これは大きい。向こうなど、肉壁にもなっていなかったからな」

 オスバルドがそう言って、みんなの顔が歪む。むろん嫌そうな顔。


「戦闘を見ていなかった、王国軍来るかな?」

 みんなが、ちらっと相手の軍を見る。


「どうだろう? 戦闘後に状況は見たからな。想像が出来れば、こわいぜ。きっと」

 そう言って、座り込んでいる敵兵を見ながらしゃべっているが、頭の中では、そこはすでに射程内だぞ、そう思い。敵に対して哀れみを感じる。


 先頭にいるのは、どう見ても農民。

 心情としては、早く逃げろと言いたい。


 だが、引くことはしないようだ。

 ここで数人だけ、調査と言い出せば、受けても良いと女神様から言われていたが、そんな気は無いようだ。


 王国軍は、全滅を見てすぐに、王に対して早馬を送っていた。

「敵、受け入れ拒否。強敵であり、エルヴィ=ヘンリクとジャンパオロ=オリヴェル両伯爵戦死。応援を請う」


 王都では、それを伝えられたとき、多くの貴族はまさかと思った。

 弱小の領。貧乏なのは知っているし、人も居ない。


 管理している、寄親の所にも顔を出すことはなく、はぐれ者。


 ただ王だけは、危惧していたモノが現実になったと理解をした。

 平穏な国内へ舞い降りた一人の女性。

 それはきっと、優れた薬にもなっただろうが、取り扱いを間違えれば、強力な毒となる。


 報告を受けたとき、王国にとっての毒になったと後悔をする。

 自身では分かっていたのに、周りがそれを許さなかった。

「いや。今更。これは言い訳だな」

 王はぽつりと言うと、自身も出ることを決定する。

 責任を取ろうと。

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