第46話 理不尽は世の常

「これは一体?」

 それを見た者達は、皆呆然と立ち尽くす。


「たった一日。いや半日でこれですか」

 素晴らしい。その言葉を、デニス=ヘルストレーム伯爵は飲み込む。


 単純に訳が分からず。結果だけを驚きの表情で見つめる、ロドリグ=ドコー侯爵。

 ただ、予想以上の事態に驚くのみ。


 そして、当然だが、死体の移動。


 矢が刺さっている者は良い。

 分からないのは、ただ穴が開いている者。

 前より何かが来て、後ろに比較的大きな穴が見て取れる。


 常識で、何が起こったのか、想像が付かない。


「何か聞いているか?」

「いいえ。ですが、聞いて参りましょうか?」

「そうだな頼む。約束通り、あと二人。手を連れていけ」

「はっ、ありがとうございます」

 この会話は、当然ながら、デニス=ヘルストレーム伯爵と、先触れに走っていたノーベ。


 領境を西へとひた走る。


「村だ」

 黙って、ゆっくりと近付く。


 一軒の家から出てきた農民と目が合う。


「此方側は、パチェコ男爵領じゃ。よそ者は、入っちゃなんねえぞ」

「つれないな。酒を飲んだ仲じゃないか」

「ああーん? 誰とだ?」

「そりゃあ、女神様に決まってらあ」

「そうかそうか。こっちへ来て。馬は、そっちの厩を使って良いからな」


 そう言って、案内をしてくれる。


 家の中へ案内されて、いきなり。


 酒盛りが始まる。

 注がれる焼酎が、ドンドンと濃くなってくる。

 むろん三人の分だけ。


 いつの間にか、村人が集まり囲まれているが、話を切り出す。


「そう言えば、境の検問所辺りで、どえらい死体を見たが、なんだあれは?」

「うん? あんた達の仲間で、それで逃げてきたんだろうが?」

「ああいや、そういう意味じゃない。それに、先発隊は別の貴族家だ」

「そうだったのか。そりゃ命拾いをしたな。始まったら逃げることなど出来ないからな」

 そう言って、農民の雰囲気が変わる。

 いや農民達だ。


「さあ、吐け。と、言ってもゲロを吐くような茶番はするな。いいな」

 ノーベ達は、何故と頭をひねる。


 この場にいる間者にしてみれば、当然。

 逃げてきたのが、本当だろうが、嘘であろうが関係ない。

 情報は貰う。


「何処の誰で、誰からどんな命令を受けた?」

「おい返事をしないと、キツいお仕置きだぞ。言った方が良い」

 そんなささやきまで。


「まあつまみの芸だから、言わなくても良いが、そこに居るロドリゲスとか、アナスキーは、好き者だからヒーヒー言わされるぞ」

「にんまり笑う巨漢達。筋肉ムキムキ。服から立派な胸毛が見える」

 結構、拷問としては効果があるそうだ。

 肉体にダメージをあまり負わせず、精神的に心を折る。


 酒も回っていて、謎の穴のことを聞いたついでに説明をする。


「そうか銃というのか。恐ろしいな」

「だが、あれはまだ初期の物で、本当はなんだっけ?」

「にとろなんとかって言う薬品を使うのが本当らしい」

「後は薬莢だな」

「そうそう。今は紙だが本物は違うらしい。女神様が本国って言うから、パリブス王国ではもっと恐ろしいぜ。きっと」

「ああ。手を出すなって、お館様が言われていたからな」

 そう言って、みんなは笑い出すが、ノーベ達は訳が分からない。


 だが、一日であの惨劇を起こせる者達でも、パリブス王国にはかなわない。

 それが、分かっただけでも大きな情報だ。


 ノーベ達は目配せをして、貴重な情報だと確認をする。


 だが……

 ちっと小便へ行ってくる。

 ふらふらと、家からでようとすると、声が掛かる。


「何処へ行く? 便所ならそっちだ」

「家の中にあるのか?」

 そう。家の中にトイレがある。

 そんな事はあり得ない。


 田舎へ行けば、穴を掘って埋めるだけ。

 それが一般的な世界。

 都会のお屋敷であれば、そんな事もあるが、おまるだったりする。


「小便なら、立ってする方を使え」

 ドアを開けると、真っ白な石? いや、焼き物のようだ。

 無造作に放り出して、始める。


「こりゃ良いな」

「終わったら上のボタンを押せ。流さないと匂うからな」

 そう言って、説明され出てくると、また止められる。


「手を洗え。病気予防だ」

「病気予防?」

 聞き慣れない言葉。

 だが、横には、手洗いもある。


 使い方が分からず悩んでいると、また説明をしてくれる。

「上の棒を手前に回せ」

 そうレバー式の水栓。

 手前に回すと、水が出始める。


「おお。すげえ」

 思わず、ノーベ達は驚く。

 周りでは、ニヤニヤが止まらない。


 少し前の自分たちもそうだった。

 何処まで行っても、教えられるだけ。


 ところが、こいつらは物事を知らない。

 教えるという事は、相手は、自分より下。

 優越感を刺激する。


 承認欲求が刺激される。

 それは気がつけば甘美な物。

 つい口を滑らす馬鹿が出る。


「そう言えば銃だがな、今度の物は連射が出来るようだぞ」

 周りは一瞬驚く。


「それは本当か?」

「ああ。技研の連中が言っていた」

「連射? 今までのは出来ないのか?」

 これを聞いたのは、ノーベ。


「ああ。お前は知らんだろうが、撃つと汚れる。それを掃除して火薬と玉を詰める。結構大変なんだ。まあ、それをしても圧倒的だがな」

 どっと笑いが起こる。


 そして、酔い潰されたノーベ達が目を覚ますと、むろん牢の中だ。

「おおい。なんだこれ?」

「当然戦が終わるまではその中だし、おれらも少し話しすぎたから、数年強制労働かなぁ」

 それを聞いて愕然とする。


「ふざけるなぁ」

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