第35話 二日目
「何を、どうすればいい?」
「どうしましょう?」
お互いに答えが出せない、オリエンテム王国側。
今、徐々に王国へ向けて、陣自体を下げている。
早くしなければ、奴らの攻撃は、平気で此方へ届いてくる。
だが、顔を突き合わせても、答えは出せない。
マウリ=ムルトマー男爵は、ずっと悩んでいた。
「何故だ。あのつぶては単なる鉛の塊だった。それが、鉄を平気で貫通をする? 何をどうして……」
そう、戦闘よりも、技術。この世界にあって、天才ともいえるひらめき。
それでも、限度がある様だ。
「ムルトマー男爵様。陣を下げます」
伝令の兵が伝えに来る。
「やれやれ」
そう言って、自身の荷物を持ち外へ出る。
すると足下に転がる、潰れたフルメタルジャケットの弾。
二十ミリ弾は大きい。
それを手に取り、考える。こんなつぶてを飛ばす。
ふわっと香る、煙硝の匂い。それには気がつくが、それが何かが分からない。
遠くで、破裂音が聞こえる。
防御用の盾車が、意味をなさないことは知っている。
ただ下がるのみ。それ以外に案は出ない。
周りでは、跳弾なのか、二十ミリを食らった兵が運ばれていく。
右肩の辺りが無くなっている。
「本当に恐ろしいことだ」
つい目をそらす。
だが口ではそう言いながら、もっと威力がある武器は、どうすれば作れるのか。彼の頭はフル回転をする。
そして、一つの案を思いつく。
矢が届かないなら、届く距離まで敵が気がつかなければ良い。
塹壕を掘り、射手が潜むという方法。
当然、敵に攻撃は当てられるだろうが、潜んでいた者達は、生きては帰れない。
そして、決定的に威力が足りないと言うことに、思い至らない。
そう、男爵には、もう余裕はがなかった。
戦場の魔物。極度の緊張が、まともな思考を失わせる。
それを、ふらふらと伯爵へ、進言をしに行く。
徴兵をされた、民のことなど気にしない伯爵は、それを受ける。
今となっては、自身では、打つ手が何も浮かばず。
今だ、敵に対して手傷の一つも負わせていない。何とかしなければ。
その事だけが、彼の頭の中を支配していた。
時間が無いため、浅い塹壕を掘り、その土で敵側に土塁を造る。
そこに、背丈の違う草を植え、何とかごまかす。
むろん、ぱっと見で、土塁が見つからないようにだ。
オリエンテム王国側にとって、予想外だったのは、気導鉄騎兵団。
いや予想外では無い、考えたくなかったのだろう。パリブス王国側は気導鉄騎兵団を先頭にして鶴翼の陣形を取っている。
気導鉄騎兵団が二十ミリで斉射した後、控えていた兵達が七ミリ弾のホローポイントを使用。
そして、次は五ミリ弾の、フルメタルジャケット。
そう。薄い土塁など、二十ミリの敵では無い。
最初の進言通り、塹壕であれば、少しはましだったかもしれない。
だが、潜んでいた兵達は、矢を放つこと無く。息絶える。
「だっ。駄目じゃないか。引けぇ」
中途半端な作戦の結果だが、責任はムルトマー男爵へ行くようだ。
そして、後の行動は、下がるのみ。
どんどんと下がっていく。
まるで子供が、いやいやをするように。
あー。それよりもひどい。
気がつけば、騎士達は背中を向けて、全力で逃げていく。
「何ですかね。あれ?」
とうとう、横にいて双眼鏡を覗いている伯爵が、あきれ顔になってしまう。
「いいさ。人死にが出るよりは、逃げて貰って。素直に降伏してくれるのが一番だ。力の差は十分分かっただろう」
昔の記憶が蘇る。どう言ったって泥沼。勝ち目はなかった。
「そんな物ですか?」
「多分な」
それに、殺せば、どうしたって、遺族の恨みは出る。
今更だが、やはりそんなことを考えてしまう。
だが、世の中、そんなに上手くは行かない。
今相手をしている、ライハラ=ポウタネン伯爵は、まだましだった。
結局、敵は王都へと帰っていった。
王都は、すぐさま城門を閉じたようだ。
よくある、城郭都市。
だが、さすが首都オリエンテムレギウム。
壁の高さは、十メートル近い。
壁の上に、びっしりと兵達が出てきて、弓を構える。
だが、流石に距離が遠い。
それは、相手も分かっているのだろう。
「さて、敵は居なくなったし、休憩をしよう。気導鉄騎兵団。面倒だが、周囲に塹壕を掘れ」
「任せてください。このバケットと言う物。便利ですなぁ」
バケットと言ったが、でかいスコップ。雪かき用のスコップに近い。
今度、重機も作ろう。
問題は、エンジンパワーだ。ハイコンプレッションの、ディーゼル型がやはり良いのだろうか?
気導鉄騎兵は、ハルバードの石突部分を地面に打ち込み、崩れた土をスコップで掬って、塹壕の内側に土塁を作っていく。
二台セットで、五チーム。以外と作業は早い。
やがて、日が落ち。壁の上に、かがり火がたかれる頃。
王城内では、軍務卿の高笑いが響いていた。
「言い訳は結構。伯爵の負け戦。仇は取ってやる。軍の運用という物を、貴殿らに見せてあげよう。ゆっくりと休むがいい」
そう言って、謁見の間を出ていく、ヴィーチェスラフ=ネフヴァータル侯爵。
そう、この馬鹿が、被害者の数を増やした。
本人も死んで責任は取ったが、王城までほとんど崩壊することになった。
そんな悲劇の夜が明ける。
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