第19話 彼ら、再び

 メリディオナル国のアルトゥロ=パチェコ男爵。初期の戦いで、射程距離を測っていたあの男。


 使者として戻ってきて、兵達は報告をするために帰したが、パリブス王国でまだうろうろしていた。


 幼少期からの刷り込み。

 裏切り者の王家を倒し、我が家こそが国を統治すべき。三代前からの禍根。それを成すための情報や人集め。


「まあ考えても、『じぽん』だとかいう国の人たち。彼らがすべてを握っている」

 そんな事を、ぶつぶつと言いながら、最近売られ始めたおにぐりとかいう物を頬張る。塩味の効いた絶品だ。


 多少独特の匂いがあるが、なれると美味い。


 彼らに会うためには、王城内で誰か知り合いを作るしかないが、今は戒厳令のようになっており、王城周辺は厳しい。


「何ともならんなぁ」

 そう、ぼやきながら空を見上げる。


「あっ。おにぎりを食べてくれている。お客さんだね」

 若い女の子二人が、嬉しそうに此方を見ながら駆け抜けていく。

 青い空に映える。見事な黒髪をなびかせながら……


「ちょっと、まったあぁ」

「きゃあ」

「いやぁ」

 彼女達は、後ずさる。


 そしてすぐ、声を聞きつけた衛兵達が駆けつける。


「貴様、このお方達に何をしたぁ」

 そう言いながら、すでに腰から剣を抜き始める兵達。


「いや。すみません。突然声をかけたので、驚かせたようです」

「本当ですか?」

 えらく、腰が低い衛兵達。

 彼女達に向かい、問いかける。


「ええまあ。そうですね。突然大声で驚きました」

「そうですか。おい貴様。何者だ。何か身分を証明するものはあるか?」

「家の紋章はありますが」

 そう言って取り出すと、衛兵の態度が、一瞬緩み。

 その後、明確な殺気へと変わる。


「他国の御貴族様が何用だ? 女が欲しいのなら、あちらに色街がある」

「いや、そちらの彼女達に……」

 そう言うと、完全に剣が抜かれる。


 そして、彼女達に向かい。もう一人の衛兵が、余所へ行くようにうながす。


「あっ黒髪がっ」

 つい口をついて、言葉にしてしまう。


「貴様、何を知っている?」

 真っ直ぐに、剣先が向けられる。


 当然のように、捕縛をされた。

 他国の貴族。それを知った上で。



「困りますなぁ。今貴殿の国とは、戦争中なのだが」

 身分の高そうな人が…… って、この前お会いした宰相マルムベルム=アスセナ様。


 此方の身分と、使者であるという事への配慮か?

 そう思った時もありました。


「何故彼らに、目をつけられた? 理由を問おう」

 宰相さんの目は厳しく、さらに横の兵は剣を抜きっぱなし。

 返答次第では、亡き者にされて終わり?

 何だ。この理不尽な処遇?


「あっの。私は、メリディオナル国のアルトゥロ=パチェコ男爵と申すもので、この前、王からの書簡を届けに来た、使者ですが」

 くっ喉が渇き、声が上手く出させない。


「帰りに、その…… 壁の上で大弓を整備している彼たちを見たのです。ここへ案内をしてくれた、雄一殿と同じ人種の」

 言葉につまり、つばを飲み込む。


「そんなに緊張をする必要は無い。我が国の大事を持ち帰るつもりなら、貴殿には残念だが、死んでいただくのみ」

 いやいやいや、死んでいただくのみって、あんた。


「そっ、それは困ります。この我が身、家の悲願を達成すべく。その、宿命がありまして、それを成すまでは。命を落とすわけにはいけないのです」

「ほう。それは残念。巡り合わせが悪かったようですな。それで何を見、何に気がつきました?」


 そう言って、静かに彼は椅子へと腰を下ろす。


「あーあの。お力添えを願いたい。あの黒髪の方々に」

「なぜ。なにに対して?」

「私の家は、元々王家に連なるもの。それが、三代前の時に策にはめられ、没落をいたしました。それが、現王家にはめられたと言うことが、分かっております。そこで、王家打倒に是非お力を」

 色々釈明をしようと思ったが、素直にお願いをすることにした。

 口にしてしまえば、そこで運命の歯車は、きっと回り始め。後戻りは出来なくなる。だが良い。


 子供の時からの、家の悲願はこれで進むか終わるか。

 もう、言われ続けなくてすむ。

 はっきり言って。もう、うんざりだった。


「うむ。そうか。では聞いてみましょうか。道具はあれだが、彼らなら何か良い知恵を与えてくれるかも知れませんな。おい茶でも出してやれ。私は話をしに行ってみる」


 助かったのか?


 見張りの兵はいるが、剣は鞘に収められて、離れた場所で控え始めた。


 ドアがノックされ、兵がドアを開ける。


「我らに用事があると?」

 入ってきたのは、黒髪で黒目。だが目の前に仮面のような装飾品を付けた者が二人。

 後にそれは、目の具合を調整する。メガネと言われる物だということが分かった。


「ミステリー研、山本秀明と」

「同じく、ミステリー研、佐々木慶子よ」

 そう言った後、全く同じタイミングで、メガネをくいっとあげる。


「相談とは?」

 そう言いながら、その場でお茶を入れ、ついっと私の分を押し出してくる。


「すみません」

 そう言って、御茶を頂く。


「ふっ。私があなたを殺す気なら、あなたはもう死んでいる」

 いわれて、自分の行動。その愚かさを恥じる。


「確かに、お茶を入れられて。誰も手を付けていないのに口を付けてしまった」

「ちがうわ。茶や急須は同じ。むろん仕掛けを作った急須というトリックもある。空気抜きの穴を持ちかえるタイプね。でもそれより簡単なのが…… 器に毒を塗る方法。それなら、先に飲んで見せても問題が無い」

「それは。そうだな」

 思わず自分の手元にある、変わった器をじっと見る。


 普通の器と違い、白く。少し透けている?

「それは良いとして、宰相様から、あなたたちに話を聞いて貰えと……」

 そう言いかけたら、彼女の雰囲気が変わった。


「それは良いとして、ですって?」

 あれ、結構面倒な人?

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