第14話 友の無念

 三人が殺されたことで、緊張感が漂う王都。


 主に王家側。

「ええい。何をしておった」

「申し訳ありません」

 王国守備隊。それと、騎士団。

 ともに呼び出されて、叱責を受けていた。


「彼らが重要であることは、理解しております。ですが、敵は巧妙に商人や人足のふりをして市中に紛れております」

「足運びや、体捌きであたりをつけて、追っておりますが、あまりに人数が多く。手が回りません」

 そう言われれば、何も言えない。


「今は、外貨や物資調達のために、門戸を開いておる状態。何とかせねば。彼らから自由を奪えば、今行っている開発の効率が下がる。あの開発している物は、すべて王国のために大いなる力となる」

 すでに王国は、彼らが頼り。


 予想外。事故のように発生した大量召喚だが、結果的には大きな意義があった。


 諸手を挙げ、なすすべなく滅ぶしか道がなかったパリブス王国。

 それが、わずかな期間で造られた、この世界の常識をひっくり返す武器。

 その奇跡を起こした、三七名の知恵者。


 王国の誰よりも博識で、彼らの言う常識が理解できなかった。

 だが、わずかずつ形になり、その効果を目の当たりにしたとき。王達は変わった。

 わずかばかりの武よりも、一つの知恵。


 戦略の有効性と重要性。

 戦術に多少不足があっても、ひっくり返る強力な武器。


「彼の者達、残り三四名。なんとしても守れ」

「はっ」



「はっ。はっ。はっっっ。何だよ、あいつらぁ」

 すでに、周りを守っていた兵たち、五人は戦闘中。


「さやか…… しんどいだろうが…… もう…… 少し…… 離れるぞぉ……」


 菊地さやかと足立大介。中州の研究室で、抗菌剤の開発中。

 周辺の山へ抗生物質用のサンプル採取中。何者かに襲われる。


 格好は、農民だったが、顔の日焼け具合と気配が違った。

 兵の一人が、それに気がつき声をかけた瞬間、その三人が襲ってきた。

「逃げろぉ」


 言われるまでも無く、二人は身を翻し、来た道を下り始める。

 しょっちゅう分け入っているため、獣道が出来ている。


 だが、下りの道は、なれないと怖い。

 大介は飛び石の要領でポンポンと跳ねながら下るが、さやかの足はフル回転だ。

「ちっ。無理か」


 さやかの状態を見て、これ以上走ることを諦める。

「こっちだ」

 目印の木を見つけて、谷側へさやかの手を引きながら、滑り降りていく。

 行きすぎれば崖だが、途中にあるうろへと滑り込む。


 ここは、元々涸れ沢で、くぼんでいたが、その上部に木の根が頑張って覆いになっている。

 上にある道からは、見えない。


「はあっ。はあっ、はあっ」

「もう少し…… 苦しいだろうが息を抑えて」

 息の荒いさやかに、抑えるように耳もとで囁く。

 無謀な言葉だが、状態が状態なので口を押さえて、何とか鼻で息をするようだ。


 入口側の大介は、腰の鞘から五〇センチほどの短剣を引き抜き、構える。


 周囲の音に集中し、足音が来ないか聞き耳を立てる。


 しばらくして、二人ほどの足音が坂の下に向けて走っていく。


 川の音と、風が木の葉を揺らす騒めきが、周囲を包む。


 しばらくして、腕時計を確認すると、騒動があってからおよそ三〇分。

 大介の時計は、ソーラーパネル搭載のため、まだまだ現役で使えている。


 さわさわと、聞こえる風の音。

 背中にそっと、さやかが張り付く。

「ねえ。大介君。無事に戻ったら、私たち付き合わない?」


 聞いた瞬間。しまったと思った大介だったが、背中のふよんという感触に意識が向き、言葉を止めるタイミングを逸した。

「ああ。馬鹿でかいフラグをありがとう。無事に帰ることが出来れば考えるよ」

「あっ」

 指摘されて、理解できたようだ。


「ごっ。ごめん。絶対、無事に帰ろう。きっと私達なら大丈夫だよ。もう多分行っちゃったよ。きっと安全だよ。ねっ」

 振り返り、人生の目標。その一を、強制的に実行する。

 これ以上、彼女をしゃべらせてはいけない。


 振り返り、抱きしめてキスをする。

 目を見開き。驚く彼女。

「少し、黙っていてくれ」

 唇を離した大介は、短くそう伝えると入口へと向き直る。

 またぴとっと、背中へさやかがしがみつく。


 少し高い体温と、柔らかい感触。


「こんな状態だけど、今すごく幸せな気分。えへ。帰るのが楽しみ。理恵や成美も大介君が良いって言っていたのよ。きっと、うらやましがるだろうなぁ二人とも」

 そうなのか? それは知らなかった。だが、別の意味でいい加減にしてくれと彼は考える。


 そして彼女は言った。

「絶対、生きて帰らなきゃ」

 つい、生きているうちにしたいこと、人生の目標その二を発動。

 また振り返り、抱きしめながらキスを再びして、ついに、胸に手を出す。


「うっ、あんっ」

 彼女から、吐息が漏れる。

「あっ。ねえ。大介君。状態が状態なのに、強引だよ。声が出ちゃったら、見つかっちゃうじゃない」


 彼女は赤い顔で、此方を上目遣いで見てくる。


 大介は言いたかった。やめるのはお前だと。

 ドカドカと、フラグを立てまくるのはやめてくれと。

 おかげで…… そんなに嫌いなタイプではないが、人生の目標その二まで発動し、達成をしてしまった。


 もう、いい加減。

「きっと、もう行っちゃったよ。だいじょうぶ。ちょっと外を見てみよう? ねっ」

 さやかはその時、限界を迎えていた。

 気恥ずかしさと、すぐ近くにある大介の顔。

 さっきキスをして、胸まで触られた。

 このまま、最後まで? 想像をしてしまった。


 ふわーあ。駄目駄目駄目。抑えきれない。

 立ち上がり、出ようとする。


 だが、立ち上げまくったフラグは、回収しなければいけない。

 それが、世の鉄則。理という物。


 現れた男は、返り血でぬれ。

 その姿は、どう見ても兵ではない。

「黒髪黒目。見つけたぜ」


 大介は、さやかを掴み体を反転。

 男に背を向けた。

「ぐっ」

 そうして、ナイフをしっかり握りしめ、相手に向き直ると体ごと体当たりをする様にナイフを押し出す。

 刺さったかどうかは分からないが、悪い足場。絡み合い。共に崖下へ向かって落ちていく。


 さやかは叫ぶ。

「大介くん。死んじゃあ嫌あぁぁ。私を残していかないでぇ」

 だが、敵に向かって振り向いた、大介の背にはナイフが刺さっていたのを見た。


 その後、敵はいなかったようだ。

 きっちり、とどめを刺された大介は、人生の目標その三を達成することなく、その人生を終わらせた。きっと、さやかの立てたフラグを回収したのだろう。文字通り命がけで。


 その後無事に? 彼は回収された。だがその表情は、さやかを守ったと満足な様子ではなく、苦悶の顔だったと誰かが言っていた。

 まるで、『何でおれがぁぁ』とでも、叫んでいたようだと伝えられている。


 そして、現場となったうろから、採取された腐生菌に、セファロスポリン系の物質が発見される。日の当たらない、湿った場所。落ち葉。適度な呪い。丁度良い環境だったようだ。

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