第37話 甘い朝食
翌日、朝食の時間にイネスが食堂へとやって来ると、テーブルの席にはすでにアルベリクが座っていた。
「おはよう、イネス」
「お、おはようございます、アルベリク様……」
昨晩の出来事を思い出し、つい声が上擦ってしまう。
イネスは目を合わせるのも気恥ずかしい状態なのに、アルベリクは照れるどころか、しきりにイネスの顔を眺めては上機嫌な様子で微笑んでいた。
(顔に穴が開きそうだわ……)
今までの朝食の時間は、それぞれ食事をとりながら、時折り恋人らしく談笑し、食後に紅茶を飲んで終了というのがお決まりだったのに、今日のアルベリクは食事も会話もそっちのけだ。
イネスがパンをちぎって食べるときも、ベーコンを切り分けて頬張るときも、スープをすくって口に運ぶときも、ずっと目を逸らさずに見つめてくるものだから、とても食事どころではなかった。
「アルベリク様、そんなに見られては恥ずかしくて食事が進みません……」
「ああ、すまない。君が可愛くて、つい」
「……っ!?」
声も表情もとろけるように甘くて、思わず
「だ、だからといって、見つめすぎです……。朝食もちゃんと召し上がってください」
アルベリクの目の前の皿を見ると、少食の令嬢並みに料理が減っていない。
これでは彼のほうが貧血を起こして倒れてもおかしくない。
そう思って注意をすると、アルベリクは何が楽しいのか機嫌よさそうに笑い、パンをひと口頬張った。
「これでいいか?」
「はい、全部召し上がってくださいね」
「分かったよ」
「……どうしてそんなに楽しそうなのですか?」
「注意してくるイネスが可愛くて」
「……!」
朝からこの調子では、一日身がもたないかもしれない。
もう少し手加減してもらえるように伝えなくては。
そんなことを考えながら、熱くなった身体を冷まそうと、水の入ったグラスに口をつける。
「イネス、あとで俺の部屋に来てくれ。しばらく篭りきりになるだろうから、そのつもりで」
「っ……!?」
危うく水を噴き出すところだった。
なんとか口から出さずに飲み込み、アルベリクに聞き返す。
「こ、篭りきりとは……?」
また昨日のあれこれが頭をよぎり、若干涙目になってしまう。
アルベリクがふっと口もとを押さえて笑った。
「そろそろ皇帝の生誕祭の計画を詰めないといけないからな。話し合うことが多いから時間がかかるかもしれない」
「ああ、そういう……」
「何を想像してたんだ、イネス?」
悪戯っぽく笑うアルベリクを見て、イネスが
「ア、アルベリク様! わざと変な言い方をして……!」
真っ赤になって抗議すると、アルベリクが愉快そうに声を出して笑った。
「すまない、君の反応が可愛いから、つい揶揄いたくなってしまうんだ。でも、やりすぎて嫌われたくはないからな。気をつけるよ」
「も、もう……本当に気をつけてくださいね」
「分かった」
それから、アルベリクは楽しそうにくすくす笑いながら料理を平らげ、イネスは紅茶の代わりに氷水を何杯かおかわりして、朝食を終えたのだった。
◇◇◇
「生誕祭の流れは毎年同じなのですよね」
「ああ、そうだ。俺はほとんど参加したことがないから、聞いた話になってしまうが……」
朝食後、アルベリクの部屋を訪れたイネスは、二人で向かい合ってソファに座り、もう二日後に迫った生誕祭の計画について話し合っていた。
生誕祭の宴は夜から始まり、広間で皇帝からの挨拶、参加者からの祝辞、立食形式の食事が提供され、ダンスを踊ってお開きとなるらしい。
「毎年、祝辞とダンスの時間は皇后の座を狙って当主や令嬢からのアピールが激しいと聞いた」
「なるほど……。そこで皇帝の注意を引いてくれるご令嬢でもいてくださったらよいのですが」
「そうあってほしいが、可能性は低いだろうな。毎年、どの令嬢に対しても皇帝の態度は素っ気ないらしい」
「そうですか……。では、やはりわたしが皇帝の注意を引く方向で考えるのがよさそうですね」
「……………………不本意ではあるが、仕方ないな」
アルベリクが葛藤の面持ちで溜息をつく。
「しかし、そうなると皇帝の隣を狙う令嬢たちが嫌がらせをしてくるかもしれない。それも心配だ」
アルベリクが気遣わしげに眉を寄せる。
「そのくらい大丈夫です。むしろ、皇帝を引きつける助けになると思えばありがたいです」
「君は本当に頼もしいな」
アルベリクから尊敬の眼差しを向けられ、イネスが満足げに微笑む。
最近はすぐに倒れてばかりで頼りないところを見せてしまったが、生誕祭当日はそのような失敗は許されない。
あの冷酷な皇帝に怯むことなく、利用できるものはすべて利用して、必ずミレイユを救い出すのだ。
イネスがテーブルに地図を広げて指差した。
「では、王城の間取りについて改めて確認しましょう」
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