第35話 心当たり

「大丈夫か?」

「何度も本当に申し訳ありません……」


 ベッドの横で心配そうに顔を覗き込むアルベリクに、イネスが心底申し訳なさそうに謝罪する。


「謝らなくていい。俺がいるときでよかった」

「はい……」


 本当に、倒れるのが毎回アルベリクのいるときで運がよかった。


 そう思ったところで、ふと気になった。


(──というか、アルベリク様がいるときにだけ倒れてしまっている……?)

 

 アルベリクと一緒にいる時間が長いから、偶然そうなってしまうのか。

 それとも、アルベリクが一緒だから倒れてしまうのか。


 いや、アルベリクに原因があるような考えをするのはよくない。


(そういえば、さっきアルベリク様は日記に手がかりを見つけたかもしれないとおっしゃっていたわ。まずはそれを聞いてみないと)


 イネスはベッドから上半身を起こすと、相変わらず心配そうな表情を浮かべるアルベリクに尋ねた。


「あの、先ほどおっしゃっていた手がかりというのは……」

「ああ、そのことだが」


 アルベリクは床に落ちていた日記を拾うと、中ほどにあるページを開いて見せてくれた。


 当時の日付とともに、生真面目そうな筆跡で魔導人形の「娘」について記されていた。


「長々と書かれているが要約すると……ある時、人形に触れなくても魔力を供給できるような魔導具を作って試してみた。しかし、魔力が意図せず高温化して異常な熱を放ち、その熱と一緒に魔力まで消失してしまったと書かれている。魔導具を外したら問題は解決したようだが、イネスの場合もこれと似た現象じゃないかと思って……」


 イネスも日記を読んでみるが、たしかにそのようなことがつづられている。


「異常な高温化で、魔力が消失……」


 イネスが小さな声で噛みしめるように呟く。


「イネスは何か心当たりはあるか? 魔力に異常を感じたこととか……」


 原因解明を期待してか、前のめりになって顔を近づけてくるアルベリクから、イネスがそっと目を逸らしてまぶたを伏せる。


 あまりの申し訳なさと恥ずかしさで、顔を合わせることができない。


 様子のおかしいイネスに、アルベリクが表情を曇らせた。


「イネス? まさかまた意識が……」

「違います……」

「では、どうしたんだ? そんなに辛そうな顔をして」

「それは──」


 口で説明するのは躊躇ためらわれる。

 かといって、きちんと答えなければ、アルベリクはまた不安をつのらせるだろう。


 イネスは悩んだ末、意を決して言葉をいだ。


「……それは、魔力の減りが早い理由が、分かってしまったからです」


 イネスの返事に、アルベリクが目を丸くする。


「本当か? 一体何が原因なんだ? 教えてくれ」


 こちらに向けられる真剣な眼差しを感じるが、やはり目は合わせられない。

 うつむいて顔を逸らしたまま、けれどはぐらかすわけにもいかなくて、イネスは恐るおそる答えを口にした。


「原因は…………です。…………にいると、…………しまうからです」

「すまないイネス。ところどころよく聞こえなかったんだが」


 アルベリクから復唱を促され、イネスの頬が赤く染まる。


 こうなったら、もうどうにでもなればいい。

 どうせ目的を果たしたら消えるつもりなのだから、恥をかいたところで、あと数日の辛抱だ。


 アルベリクを戸惑わせてしまうかもしれないが、魔力消失の原因が分からず苦悩するよりはマシだろう。


 イネスは大きく息を吸い込み、ゆっくりはっきり言い直した。


「原因は、わたしです。アルベリク様と一緒にいると、おかしいほど胸が高鳴ってしまうからです」


 ……言ってしまった。


 でも、原因はほかに考えられないし、これ以上アルベリクを悩ませないためには自己申告するほかなかった。


 思い返せばイネスとなった当初から、アルベリクに恋人同士のような接触をされると足元がふらついたり、身体の調子がおかしかった。


 男性からの接触に慣れないせいかと思っていたが、あのときからすでに予兆があったのかもしれない。


 アルベリクから触れられると、恥ずかしくて、舞い上がるような気分になって、どんどん身体が熱くなる。


 最近はアルベリクへの想いを自覚したこともあって、余計に拍車がかかっていた。


 おそらく、そうした気持ちのたかぶりに伴って魔力が異常な熱を持ち、急激な魔力消失を引き起こしていたのだろう。


(原因は判明したわ。あとはアルベリク様がどう判断なさるか……)


 先ほどのイネスの返事のあと、アルベリクはずっと無言のままだ。


 今、何を考えているのだろう。


 あれだけ心配して、自らがかけた魔法に欠陥があったのではないかと悔やみ、時間を惜しんで原因を探ってくれていたのに。

 その答えがこんなにお粗末なことだったと分かって呆れてしまっているかもしれない。


 むしろ怒りが湧いていてもおかしくはない。


 アルベリクの長い沈黙が恐ろしくて、もしやこちらを睨みつけているのではと、顔を向けるのがなおさらはばかられるが、騒動の責任を取るためにもしっかり向き合わなくてはならない。


 神妙な面持ちでゆっくりとアルベリクのほうへ顔を向けると──。


 彼は頭を押さえ、ベッドに突っ伏すようにしてうなだれていた。


「…………はあ」


 深い溜息が聞こえてきて、イネスが慌てる。

 アルベリクは、呆れるでも怒るでもなく、落胆してしまったのかもしれない。


「も、申し訳ございません、アルベリク様……!」


 ベッドの上で姿勢を正し、アルベリクよりも深く頭を下げて必死に謝罪する。


「わたしもまさかこんなことになると思わず……。本当に失望させてしまったと思いますが──」

「……してない」


 うつむいたアルベリクの頭から、何か聞こえた気がする。


「今、なんて……?」


 遠慮がちに問いかけると、少しだけ顔を上げたアルベリクと目が合った。


「失望なんてしていない」

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