第32話 不相応な願いの罰
「もしかして……わたしはまた死ぬのですか?」
イネスの問いに、アルベリクは言葉を失った。
どう答えればいいのか分からない。
しかし、その場しのぎで誤魔化しても、またすぐに同じことが起こるかもしれない。
それなら、彼女の安全のためにも本当のことを伝えたほうがいいだろう。
アルベリクは、イネスを安心させるようにゆっくりと首を横に振り、死の可能性を否定した。
「君は死なない。俺が死なせないから、大丈夫だ。ただ……」
本当はアルベリク自身も不安で仕方ないが、それをイネスに見せるわけにはいかない。
「これはまだ憶測でしかないが……俺が施した魔法──人形の身体と君の魂を結びつけるための術に欠陥があったかもしれない」
「欠陥というのは、つまり……?」
雲行きの良くない説明に、イネスの瞳が心配そうに揺れる。
「──魔力の消費が急激に増えてしまっているようだ。さっき意識が薄らいだのも、魂の固定に必要な魔力が不足したせいだと思う」
「魔力が……?」
「ああ、だが心配はいらない。足りなくなる前に補えばいいだけだ。魔力供給の頻度を上げればいい」
アルベリクが語気を強める。
こんなこと、大したことではないのだと、自分に言い聞かせるように。
「君に施した魔法も直せるように研究する。だから……」
アルベリクが悲痛な表情でイネスの頬に触れ、瞼の下を優しくなぞった。
「……そんな風に泣くな」
「あ……」
イネスの金色の瞳からは、透明な涙がこぼれ落ちていた。
自分でも気付かぬうちに流していた涙。
早く止めなければと思うのに、どうしてかなかなか止まってくれない。
アルベリクが温かな指で優しく拭ってくれるたびに、細めた瞳からどんどんと涙が溢れてくる。
「申し訳ありません……。勝手に涙があふれてきて……」
嗚咽混じりに謝罪するイネスを、アルベリクはまた大きな腕で抱きしめた。
「謝らなくていい。無理に泣き止む必要もない。好きなだけ泣けばいい」
アルベリクの低くて優しい声が、イネスの身体に響く。
こんな風に泣いている場合ではない。
こんな風にアルベリクを困らせることはしたくない。
それなのに、彼の腕の中はやっぱり居心地がよくて、ついその温かさに
「すみません、アルベリク様……」
「謝らなくていいと言っているだろう」
アルベリクからあやすように頭を撫でられ、イネスの瞳からまた雫がこぼれる。
どうしてこんなに胸が痛くて、切ない気持ちになるのだろう。
この身体にかけられた魔法に欠陥があるかもしれないと聞いて、また死んでしまうのかと怖くなったから?
でも、自分は一度殺された身だから、死への恐怖はなかったはず。
それなら、ミレイユを助け、エドガールの復讐を遂げたいという意志を叶えられないかもしれないから?
(それもたしかに怖い。でも、こんなに胸が痛むのは、きっとそれだけじゃない……)
イネスがアルベリクの背中に、そっと腕を回す。
「イネス……?」
少し驚いた様子のアルベリクに、イネスが顔を埋めたまま懇願する。
「あと六日間……夜会の日までで構いません。どうか、わたしがイネスとして生きられるようにしてください。必ずその日に目的を果たしますから──」
きっと、バチが当たったのだ。
皇帝への復讐を終えたあとも、もう少しこのままでいたいだなんて願ってしまったから。
立場も弁えず、夢を見させてほしいなどと天に祈ったから。
復讐のための人形のくせに、主人であるアルベリクを好きになってしまったから。
だからきっと女神の怒りに触れてしまい、自分が何者なのか思い出すよう、罰が下ったのだ。
(わたしが馬鹿だったわ……)
彼に抱いていたのは、たしかに純粋な忠誠心と同情心だけだったはずなのに。
いつのまに、こんなに気持ちが膨らんでいたのだろう。
こんなこと、あってはならないことだった。
抱いてはいけない気持ちだった。
けれど。
離れがたくて胸が痛くなるほどに育ってしまったアルベリクへの想いを、もう消すことなどできはしない。
(だから、あと六日間だけ、この想いを抱くことを許してください。ミレイユ様を救出して、皇帝への復讐を果たすまでの間だけ。それが済んだら、わたしは潔くこの身体を手放して、アルベリク様の元から去りますから……)
心の中で女神に祈り、アルベリクの顔を見上げる。
「お願いです。あと六日だけ、アルベリク様に魔力をねだらせてください」
おそらく、魔力供給の負担は今までよりずっと増してしまうだろう。
もしかすると毎日アルベリクの魔力の大半を奪うことになるかもしれない。
でも、アルベリクだって目的を果たすまでは「イネス」の存在が必要だ。
だから、夜会の日までは多少の無理もしてくれるはず。
(それに、アルベリク様はお優しいから……)
イネスの予想どおり、アルベリクは首を縦に振ってくれた。
「……そんなもの、いくらでもくれてやる」
「ありがとうございます」
涙の滲む目を細めて微笑むと、涙がもう一雫こぼれ落ちた。
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