第26話 銀色の指輪

 エドガールの葬儀が行われたあの日。

 皇宮の礼拝堂で、ミレイユと皇帝が交わしていた会話。

 ミレイユが意識を失うまでの出来事。



 今までモヤがかかったように曖昧で、思い出したくても思い出せなかった記憶が鮮明に蘇る。



『……一体、どういうこと?』


 しんとした礼拝堂に、ミレイユの戸惑った声が響く。


『どう、とは?』

『昨日までの姿と違う。お兄様のその顔、まるで二十歳の青年のようだわ』


 ミレイユの返事に、皇帝がにやりと口角を上げる。


『それに、魔力も感じられない……。まさかお兄様、皇家の秘宝を使ったの? たかが若返りのために、すべての魔力を犠牲にするなんて……』

『老いた自分は許せなくてね。若さを取り戻して最高の気分だ。それに、魔力を失ったところでどうということはない。別の場所から補えばいいだけだ』


 皇帝がミレイユの手を取って、銀色の指輪をはめた。


『この指輪は……?』

『私と揃いの指輪だ。お前の魔力を奪い取って、私のものにできる』

『なっ……』


 ミレイユがすぐに指輪を取ろうと手をかける。

 しかし、それよりも早く魔力が吸い取られ、皇帝へと送られてしまった。


『ミレイユ、お前の魔力は美しいな。私の肌にはあまり合わないが』

『やめて……!』


 皇帝の大きな手が、ミレイユの顔を覆う。


『私の贄になってくれてありがとう。さあ、おやすみ』


 ミレイユから奪い取った魔力を、皇帝が我が物のように使ってみせる。

 綺麗な赤い光が広がり、ミレイユは力無く皇帝の腕の中へと倒れ込んだ。




◇◇◇




(この指輪がミレイユ様の魔力を奪っているのね……!)


 つまり、指輪を外してしまえば、ミレイユの魔力は奪われずに済み、皇帝は魔力の供給源がなくなって力を失うはず。


「ミレイユ様、今お助けいたします」


 イネスがミレイユの薬指から指輪を外そうとしたとき、部屋の扉が開く音が聞こえた。


「待たせてすまなかったね」


 コツコツと近づいてくる足音が背後で止まり、イネスの華奢な肩に皇帝の手が置かれた。


「……ミレイユの手がどうかしたかい?」


 イネスは緊張で指先が冷えるのを感じながら、皇帝の顔を見上げて切なげに眉を下げた。


「いえ、ただ……ミレイユ様の手を握って差し上げたいと思いまして」


 うまく誤魔化せただろうか。

 指輪を取ろうとしていたのは見られていないはず。

 それでも、もし気づかれていたら……。


 不安で震えてしまいそうになるのを懸命に耐えていると、皇帝がくすりと笑ってイネスの肩を抱いた。


「そなたの優しさは、私に媚を売るための見せかけではないのだな」


 イネスが無言で微笑む。


(よかった……。なんとか疑われずに済んだみたい)


 そのうえ、図らずも好印象を与えることができたらしい。


(それなら、もう少し探ってみても大丈夫かもしれない)


 イネスはそのまま無知を装って皇帝に話しかけた。


「そういえば、今気がついたのですが、ご兄妹でお揃いの指輪をされているんですね」

「ああ、この指輪は代々皇族に受け継がれる護身具でね。だから兄妹で同じものをつけているのだ」


(──また嘘)


 ミレイユは、こんな指輪をしていたことなどなかった。

 彼女がつけていたのは、愛する夫のエドガールから贈られた指輪だけだ。


 そして、皇帝がこの指輪をミレイユにめる瞬間を「ジュリエット」が目撃している。


(皇帝かミレイユ様どちらかの指輪を外せば、皇帝を無力化できるはず。彼自身の魔力はすでに失われていると言っていたもの)


 ただ、本当にこの推測が正しいのか、確かめておいたほうがいいかもしれない。


 イネスは小さく深呼吸すると、ほっそりとした指先で皇帝が嵌めている指輪に触れた。


「素敵な模様の指輪ですね。よろしければ外して見せていただいても……?」


 上目遣いで控えめにねだってみると、皇帝は困ったような素振りをしてみせた。


「これは護身用だから、外すと少々面倒なのだよ」

「面倒というのは……?」

「そうだな、騎士団に知らせが入るから押し寄せて来られるかもしれないな」

「……それは大ごとですね」


 本当かどうか疑わしいが、とりあえず指輪を外すのは避けたいらしいということは分かった。

 やはり、ミレイユを助けるにはどちらかの指輪を外すことが重要そうだ。


「無理を言って申し訳ありませんでし──」

「それから」


 皇帝がイネスの手を掴み、柔らかく目を細めた。


「持ち主以外が外すと、魔法が発動する仕掛けになっていてね。だから、勝手に外そうとすれば魔法に貫かれて命を落とすことになる」

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