第24話 皇宮への訪問

 夜会の翌日、イネスのもとに皇帝から約束どおり皇宮への招待状が送られてきた。


 そして皇宮への訪問日である今日。

 イネスは侍女たちの手で皇帝への拝謁に相応しい装いに飾り立てられていた。


 ちょうど最後の仕上げが終わったところで、コンコンとノックの音が聞こえる。


「イネス、入ってもいいか?」

「はい、大丈夫です」


 侍女たちには下がってもらい、アルベリクを部屋に通す。


 すると彼は、イネスの全身を眺めたあと、不満げに顔をしかめた。


「この格好、あまり良くありませんでしたか? わたしはとても素敵だと思ったのですが……」


 流行にも合っているし、イネスの髪と瞳の色を取り入れた色彩のドレスで、我ながらよく似合っていると思う。

 髪型も大人っぽいまとめ髪にして、髪飾りはアルベリクが贈ってくれたものにしてもらったし、今までの装いの中でもお気に入りのスタイルだ。


 アルベリクは何が気に入らなかったのだろうと思っていると、彼は複雑そうな表情を浮かべながらイネスの手を取った。


「……今までで一番イネスに似合っている。だから腹立たしいんだ。一番いいと思うのが皇帝のための装いだなんて」


 アルベリクが拗ねるように目を逸らすのが、なぜか可愛く思え、イネスはつい「ふふっ」と声を出して笑ってしまう。


「では、今度はアルベリク様のために、もっと素敵な装いをいたします」


 こんな返事で機嫌が直るか分からないが、どうか笑顔になってほしいと思って笑いかける。


 すると、幸いにもアルベリクの機嫌は戻ってくれたようだった。


「それならいい」


 アルベリクが慈しむようにイネスの手の甲を撫でる。


「皇帝にはくれぐれも気をつけてくれ。なるべく隙は見せないように」

「はい、承知いたしました」

「危険を感じたら、すぐに逃げるんだ」

「はい、そういたします」

「本当はひとりで行かせたくなどないんだが、すまない……」


 だんだんと不安げな表情を見せるアルベリクに、イネスが明るく微笑む。


「心配しないでください。ほら、この身体には強力な保護魔法がかかっていますから、何かあってもきっと大丈夫です」

「それはそうかもしれないが……。おそらくその保護魔法よりも皇帝の使う魔法のほうが強い。だからあまり過信はするな」

「分かりました」


 部屋の外から、出発の時刻を知らせるジョアンナの声が聞こえる。


 アルベリクが名残惜しげに眉を寄せ、イネスの手に口づけて魔力を補給してくれた。


「君の帰りを待っている」

「はい、良いご報告を期待なさっていてください」




◇◇◇




 皇宮に到着したイネスは、侍従に出迎えられ、皇帝のいる部屋へと案内された。


「よく来てくれた、イネス侯爵令嬢」

「さっそくご招待くださり、ありがとうございます」


 イネスがお辞儀をすると、皇帝が椅子から立ってイネスのそばへとやって来た。


「先日の夜会での装いも華やかで美しかったが、今日のそなたも気品があって好ましいな」

「お褒めの言葉を賜り光栄に存じます」


 優美に微笑みながら返事をすると、皇帝が「ふむ……」と何か気にかける素振りを見せた。


「そなたは甥の恋人だ。そんなにかしこまる必要はない。私にもアルベリクへの態度と同じように接してくれればいい」


 寛大に思える提案だが、彼の本性を知る身からすれば、純粋な厚意からでないことはすぐに分かる。


 単にイネスの美貌にのみ興味があるのか、それとも利用価値を探ろうとしているのか、こちらも慎重に見極める必要がありそうだ。


「ありがとうございます。ですが、帝国の皇帝陛下に対して失礼があってはいけませんし……」

「私がそんなことを気にする男に見えるか?」


 まだ一定の距離を保っておきたいと考えていたが、皇帝はより親密になることを望んでいるらしい。


「……いえ、まったく。それでは、少しだけ力を抜いてお話しさせていただきますね」

「ああ、そうしてくれ。では、さっそくミレイユの部屋に案内しよう」


 アルベリクの優しい手とは違う、油断すれば捕食されてしまいそうな皇帝の手でエスコートされ、イネスは皇宮の廊下の奥へと歩いていった。

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