第22話 皇帝との再会

「皇帝陛下のご入場です」


 扉の奥から、ずっと再会を待ち望んでいた皇帝が姿を現す。


 煌びやかな衣装に身を包んだ彼からは、他の貴族たちとはまったく異なる威容と風格が滲み出ていて、まさにこの帝国の皇帝なのだと感じさせられた。


 直系皇族の血を色濃く受け継いだ美しい黄金の髪と赤い瞳も、彼が選ばれた存在であることを強調している。


 そして、精悍せいかんで華やかな容姿が、その場にいる全員の目を釘付けにした。


「皆、今宵の宴を楽しもう」


 自信に満ちた堂々たる声がホールに響くと、貴族たちから大きな拍手が沸き起こった。


「皇帝陛下って、本当に美丈夫でいらっしゃるわね」

「皇后の座はずっと空いたままだし、婚約者の方もいらっしゃらないけど、どうなさるおつもりなのかしら」

「私、今夜アピールしてみようかしら」


 ホールから憧れの溜息が漏れる。

 噂に聞いていたとおり、皇帝の外見は明らかに若々しく、若い令嬢たちの多くがとりこになってしまったようだ。


 そんな様子を横目で見ながら、イネスがいぶかしげに眉をひそめる。


「急に見た目が若返ったというのに、誰もおかしいと思わないのでしょうか?」


 誰も彼もが皇帝の姿を賛美し、不自然な若返りを疑ったり、気味悪そうにしたりする者はいない。

 イネスは不思議で仕方なかった。


 アルベリクが忌々しげに首を振る。


「どうやら、皇家は女神の子孫であるから、その血統存続のため、皇帝の座に就く者は実子を持つまで若返りを繰り返す祝福を受けている……ということらしい」

「えっ、それは本当なのですか?」


 初めて耳にした話にイネスは驚いたが、アルベリクは「まさか」と吐き捨てた。


「母は、現皇帝がこのまま伴侶をめとらなければ、母か俺が皇位を受け継ぐことになると言っていた。皇帝に若返りの祝福があるなら、母がそんな話をすることはなかったはず。つまり、祝福云々というのは皇帝の作り話だ」

「相変わらず、人を操るのが上手い男ですね……」


 皇帝のすべてが偽りで覆い隠され、彼の目的も行動も一向に掴めない。


(もし、ミレイユ様が皇宮で療養中だというのも嘘だとしたら……)


 本当はすでに命を奪われてしまっているのだとしたら……。


 そう考えると、絶望で凍りついてしまいそうだった。


 震える手をそっと押さえると、隣でアルベリクが小さく舌打ちした。


「皇帝がこっちを見ている。挨拶に行かなくては」




◇◇◇




「皇帝陛下に拝謁はいえついたします。帝国の太陽に栄光あれ」


 アルベリクが挨拶の言葉を述べると、皇帝は鷹揚おうようにうなずいた。


「堅苦しい挨拶はよい。お前は私の甥ではないか」

「恐れ入ります」

「久々に会えて嬉しく思う。立派になったな」


(アルベリク様がミレイユ様と会わせてほしいと頼んでもすげなく追い返したくせに、白々しいことを……)


 イネスがアルベリクの横で怒りをこらえていると、嫌な赤い瞳がこちらへ向けられたことに気がついた。


「隣の美しい令嬢は、お前の恋人だと聞いたが」

「……はい。留学中に知り合った女性です。父を亡くした俺を慰めるために異国から訪ねてきてくれました」

「ラトゥール王国侯爵家のイネス・コルネーユと申します。ラングロワ帝国の皇帝陛下にお目にかかれて光栄に存じます」


 イネスが挨拶すると、皇帝は獲物を定めたかのように、その燃えるような目を細めた。


「ラトゥール王国か。それほど遠い国から我が帝国まで来るのは大変だっただろう」

「アルベリク様のためなら距離など関係ございません」

「そなたは美しいばかりでなく、慈愛に満ちた女性のようだ」

「アルベリク様を想えばこそでございます」


 他の令嬢のように容易たやすく皇帝になびくことはないのだと匂わせるように返事を重ねる。

 しかし、皇帝はそんな意図を気にもしていないようだった。


「異国での生活で心細くはないか?」

「アルベリク様がそばにいらっしゃいますので」

「では、何か困っていることはないか? アルベリクは爵位を継承したばかりで多忙だろうから、代わりに伯父の私が助けてやろう」

「そんな……畏れ多いことでございます」


 噂どおり、皇帝はたしかにイネスへの興味が強いらしい。


 今回の自分の役割はアルベリクを皇帝に引き合わせるまでだと考えていたが、もしかすると「イネス」という存在をもっと利用できるかもしれない。


 イネスは金色の瞳を潤ませ、すがるような眼差しで皇帝を見つめた。


「──ただ、ひとつだけお願いできるのでしたら……」

「なんだ? 言ってみなさい」


 皇帝が整った笑顔を浮かべる。


 隣に立つアルベリクから気遣わしげな視線を感じるが、今は気づかないふりをさせてもらう。


「もしできましたら、皇宮にいらっしゃるアルベリク様のお母様にお会いしたいと思いまして……。お心を閉じてしまわれているのは知っています。ですが、たとえ会話ができなくても直接お会いしてご挨拶できたらと……」


 両手を組み、赤い瞳に向ける眼差しに熱を込める。


 もし、「イネス」の歓心を買うためにこの願いを聞いてもらえたら。

 ミレイユの救出までは無理としても、生存を確認することはできるだろう。


 そのためなら、多少の危険が伴うとしても構わない。


 皇帝が落ち着いた声で返事する。


「もちろんだ。私が会わせてやろう」

「よろしいのですか?」

「ああ、皇宮に招待しよう。ただし、アルベリクには遠慮してもらうが」

「陛下……!」


 抗議の声をあげるアルベリクを皇帝が手で制す。


「すまないな。エドガールに似たお前の姿を見れば、ミレイユがまた取り乱してしまうかもしれないのだ」

「……っ」


 睨むように見返すアルベリクから皇帝がふいっと顔を背ける。


「では、イネス侯爵令嬢には後日招待状を送ろう。また会えるのを楽しみにしている」

「はい、わたしも心待ちにしております」

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