第20話 お茶会への招待
「イネスお嬢様宛にお手紙でございます」
執事のモーリスが一通の手紙を恭しくイネスに手渡す。
モーリスに礼を伝え、早速手紙を確認しようとするイネスの横から、アルベリクが口を出した。
「誰からだ? どこかの令息ではないだろうな」
まるで、どこかの令息から手紙が届いては悪いような言い様だ。
社交界で皇帝へとつながる
アルベリクの反応を不思議に思いながら、イネスが封筒を
「ドロテ・ルモニエ伯爵令嬢からのようです」
「……そうか」
ルモニエ伯爵令嬢から届いたのは、お茶会への招待状だった。
最近のイネスは、こうして貴族の令嬢たちからお茶会に招待されるようになった。
やはり、前に人気のカフェで他の恋人たちの痴話喧嘩に巻き込まれたことで噂が広がり、興味を持った令嬢たちが一目会おうと招待してくれているようだった。
そんな令嬢たちは当然ながらみな噂好きで、社交界のさまざまな噂を知っている。
イネスは彼女たちとの交流を通じて情報収集するために、たびたびお茶会へと出かけていた。
「まあ、このお茶会ではドレスコードがあるようです。自分の誕生石を身につけてきてください、と書いてあります」
「変わった趣向だな。話のタネにはなりそうだが」
「そうですね。でも、誕生石ですか……」
何かを悩む様子のイネスにアルベリクが尋ねる。
「君の誕生月はいつなんだ?」
「それが……ジュリエットとしての誕生月は6月なのですが」
「ではパールでもつけていけばいい」
これで解決だと思ったアルベリクだったが、イネスはさらに悩ましげに首を傾げた。
「ですが、今はジュリエットではなくイネスなので、イネスの誕生月はいつになるのかと思いまして……。わたしが蘇った月にすべきでしょうか。それとも、人形の見本となったご令嬢の誕生月にすべきでしょうか?」
アルベリクがぱちぱちと瞬く。
真面目な彼女は、こんなところでも変に真面目だ。
誕生月など、ジュリエットの生まれた月でまったく問題ないというのに。
(しかし、イネスの誕生月を新しく決めてもいいというなら……)
「──9月がいいんじゃないか」
「9月、ですか? あまりイネスに関係のある月ではないと思いますが……」
たしかに、イネスの出自には無関係だろう。
不思議そうな表情で返事を待つイネスに、アルベリクが答える。
「『9』は、魔術において完成、完結を意味する数字だ。復讐を果たしたい君にとって縁起のいい数字じゃないか?」
数字の持つ意味を教えてやると、イネスはぱっと金色の瞳を輝かせた。
「おっしゃるとおりですね! わたしにぴったりの素晴らしい数字です」
イネスはアルベリクの提案を気に入ったらしく、喜んで受け入れた。
「では、9月の誕生石というと──」
「サファイアだ。あとで君に似合いそうなものを用意しておく」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
笑顔で感謝してくれるイネスを見つめ返し、アルベリクがほっとしたように微笑む。
(我ながら、白々しいことを言ってしまった)
『9』が完成、完結を意味するという話に間違いはない。
しかし、9月を提案した理由は、数字の意味ではなく他にあった。
イネスには決して言えないが。
(誕生石が俺に馴染みのある色であればいいと思ってしまっただなんて、言えるわけがない……)
イネスが、自分の瞳と同じ色の宝石を身につけてくれたら。
誕生石だからと、特別に思ってくれたら。
そんな子供じみた独占欲の塊のような想いを抱いていることを、彼女に知られたくはない。
だから、もっともらしい理由で言いくるめてしまった。
(イネスが気づいていないのが幸いだが)
イネスの様子をうかがうと、いつもどおりの可憐な微笑みを浮かべながら、手紙に目を通している。
「では、わたしはルモニエ伯爵令嬢にお返事を書いてまいりますね」
「ああ、分かった」
イネスが手紙を携えて部屋から出ていく。
「……一応、男の参加者がいないか見に行ったほうがいいな」
イネスの飲み残しのティーカップを見つめながら、アルベリクが呟いた。
◇◇◇
「では、楽しんでくるといい。また迎えにくる」
ルモニエ伯爵邸でのお茶会の席にやって来たイネスは、見送りのためについてきたアルベリクから指先に口づけられると、薔薇色の頬をさらに赤く染めた。
先に席についていた令嬢たちも「まあ……!」と頬に手を添えて色めきだっている。
「あの、アルベリク様もお忙しいでしょうから、帰りはわたし一人でも……」
「いや、イネスを一人きりにはさせたくないから」
アルベリクは甘い微笑みを浮かべると、お茶会の様子を確かめるように視線を巡らせ、主催者のルモニエ伯爵令嬢に尋ねる。
「今日の参加者はこれで全員だろうか」
「えっ、ええ、今お集まりのご令嬢方で全員でございます」
「ならよかった」
アルベリクは満足げな表情を浮かべると、またイネスに笑いかけ、その場から去っていった。
あとに残った令嬢たちが、羨望の溜息とともにイネスを質問攻めにする。
「辺境伯様はいつもあんなにお優しいのですか?」
「あまり社交的な方ではないと伺っていましたのに信じられませんわ」
「お二人は留学先で知り合われたのでしょう? どちらから先に声をかけられたのですか?」
「ご婚約はされていないのですか?」
お茶会で質問を浴びせられるのは慣れていることだが、今回はアルベリクがやたらと演技に力が入っていたせいで、令嬢たちの食いつきがすごい。
彼女たちの勢いにたじろぎながらも、いつものように質問に答えていく。
「はい、アルベリク様はいつも優しく気遣ってくださって、本当に素敵な方なのです。知り合ったのは、図書館で偶然同じ本を取ろうとして手が触れてしまったのがきっかけで……」
二人の馴れ初めについては、あらかじめ二人で考えて決めているし、アルベリクの様子は普段の演技中の彼の様子を説明すればいい。
(……たまに、素のアルベリク様の話をするときもあるけれど)
その話も好評なので、問題はない。
それから、婚約はアルベリクの母であるミレイユが回復してから行う予定だなどと、想定済みの質問に回答し、あらかた答え尽くしたところで、他の令嬢たちの話に耳を傾ける。
(今回もあまり有益な話は聞けそうにないかしら……)
これまでに数度、お茶会に参加し、いずれも楽しく新しい話題で盛り上がるものの、ミレイユに関する情報や皇帝に近づけそうな機会はなかなか得られなかった。
今回も空振りに終わりそうだと思い始めたとき、それまでほぼ聞き役に徹していたオドラン伯爵令嬢が、思わせぶりに話し始めた。
「イネス様は、我が国の皇帝陛下についてご存知でいらっしゃいますか?」
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