第15話 ドレスを買いに
翌日、デート当日の朝。
イネスは数名の侍女たちに囲まれて、デート用の装いに仕立て上げられていた。
「イネスお嬢様のドレスの中では、こちらが一番マシ……お似合いですので、今日はこのドレスにしましょう。ミレイユ奥様用のドレスをお貸しできたらよかったのですが、残念ながらサイズが合わないようですので……」
「その代わり、アクセサリーとヘアアレンジで流行を取り入れますね」
「アルベリク様はもちろん、街中の人たちが振り返るくらいお洒落に仕上げさせていただきます」
「イネスお嬢様はミレイユ奥様とはまた違った美しさをお持ちですので、腕が鳴りますわ!」
侍女たちからは「この最上級の素材を最高に輝かせてみせる」という気合いのようなものがひしひしと感じられる。
すべてお任せしますと伝えれば、彼女たちの丁寧かつ迅速な仕事により、イネスはあっという間に皇都スタイルのお洒落な令嬢へと変身したのだった。
「まあ……私たち、新たな女神様を誕生させてしまったのかしら……」
「きっとアルベリク様も見惚れてしまわれるわ」
「この美しさは絵画に残しておいたほうがいいのでは……?」
「もう、そんな時間ないわよ。これからお二人でデートなんだから」
侍女たちから口々に褒めそやされ、恥ずかしくてたまらない。
それでも一生懸命に侯爵令嬢らしい態度で礼を伝えると、侍女たちは満足げな表情を浮かべて部屋を出ていった。
誰もいない部屋でひとり、鏡の前に立ってくるりと一回転する。
「すごく素敵だわ……!」
辺境伯領でのスタイルも気に入っていたが、皇都のスタイルは華やかで新鮮味があって、さらに気分が上がる気がする。
これから、このお洒落な格好で皇都の街を歩けると思うと、弱点克服が目的だった外出も、少し楽しみになってきた。
「この姿でみっともなく倒れたりなんかできないわ。今日は頑張らないと」
イネスは自然とやる気が湧いてくるのを感じながら、アルベリクとの待ち合わせ場所である玄関ホールへと向かった。
◇◇◇
「あ、アルベリク様、お待たせいたしました……!」
時間に余裕を持って来たはずだったが、玄関ホールにはすでにアルベリクが待っていた。
「いや、今来たところだ。危ないから慌てなくていい」
急いで階段を下りようとするイネスにアルベリクが声をかける。
普段は素っ気なかったり、厳しい物言いをされることが多いが、こういうふとした気遣いに触れると、やはりミレイユやエドガールが言っていたように優しい人なのだなと思う。
無事に階段を下り終えると、アルベリクが片手を差し出してにこやかに笑った。
「とても綺麗だ。侍女たちには特別手当を出さないといけないな」
彼の声の変化で、演技に入ったことが分かる。
周囲に視線をやると、侍女たちが隠れて覗き見しているのが目に入った。
(これはわたしもちゃんと演技しないと……!)
イネスも嬉しそうに微笑んでアルベリクの手を取る。
「ええ、侍女の方たちが素敵にしてくださいました。見惚れてしまいましたか?」
「ああ、それはもう」
仲の良さをひとしきり見せつけたところで、馬車へと向かう。
アルベリクのエスコートで馬車へと乗り込み、扉を閉めると、彼の笑顔がすっと引いていった。
(ああ、もう表情が戻ってしまったわ)
無表情なのも凛々しくて顔立ちの綺麗さがよく分かるけれど、もう少し笑顔を見ていたかった気がする。
そんなことを考えながらぼんやりと眺めていると、こちらを向いたアルベリクと目が合った。
「……さっきの演技はよく出来ていたと思う」
どうやら、イネスが褒められたくてアピールしていたと思われたらしい。
随分あっさりとした褒め言葉ではあるが、評価してもらえたことが嬉しくて、イネスがくすりと笑う。
「ありがとうございます。今日はこの格好のおかげか、演技にも自信が出てきた気がします」
「それは何よりだ」
アルベリクは短く返事したあと、額に手を添え、珍しく反省したように溜息をついた。
「──それにしても、まさかドレスが流行遅れだったとはな。申し訳ない」
自分の失態だと考えているのか謝罪の言葉まで飛び出し、イネスは思わず慌ててしまう。
「い、いえ! 辺境伯領ではあれが流行の最先端でしたから! それに、わたしは今までのドレスもとても可愛いと思っていましたし……」
だからアルベリクのせいではないと言おうとしたところで、彼がぽつりと呟いた。
「……そうだな、俺も綺麗だと思っていたから分からなかった」
思いがけない言葉に、イネスが大きく目を見開く。
今は馬車に二人だけだから、恋人らしい台詞など必要ないのに。
つまり、彼はイネスのことを本当に綺麗だと思ってくれていたということだろうか。
じわじわと顔に熱が集まってきて、狭い馬車で向かい合って座るのが恥ずかしくなってくる。
(わたしったら、またすぐ動揺して……! 落ち着いて。
この顔も髪も手足も指先も、美しい外見はすべて借り物で自分のものではない。
そう言い聞かせると、だいぶ冷静になって、恥ずかしさも落ち着いてきた。
……とは言え、到着したドレス店でアルベリクにエスコートされ、また緊張することになるのだが。
イネスの手を大切そうに握りながら、アルベリクが店員に注文する。
「彼女に似合う流行りのドレスを見繕ってもらえるだろうか。ひとまず10着は新調しようと思っている」
一気に10着もの注文に、店員も喜びを隠しきれない。
まるで贔屓客のような扱いを受けながら、イネスは次々と流行りのドレスに着替えさせられた。
「こちらは髪色とのコントラストが神秘的でお似合いでございます」
「分かった、購入しよう」
「こちらはイネス様のスタイルの良さが引き立つデザインになっております」
「そうだな、購入しよう」
結局、アルベリクは店員から勧められたものをすべて購入し、全部で15着も新調してもらうことになってしまった。
「あんなにたくさん買っていただいて、なんだかすみません……」
買い物を済ませたあと、店の外でイネスが謝る。
さすがに15着も購入するとは、侍女長も思っていなかったのではないだろうか。
辺境伯家の財力を疑うわけではないし、社交のための必要経費と分かってはいるが、なんとなく後ろめたい気持ちになってしまう。
しかし、アルベリクは特に気にした風もなく、通行人に聞こえないよう小声で返事した。
「必要だから投資しただけだ。気にする必要はない。それに……君には申し訳ないと思っているから」
「……?」
申し訳ないというのは、アルベリクの計画に巻き込んだことを言っているのだろうか。
それなら、そもそもイネスのほうから協力を申し出たのだから、アルベリクが気に病む必要はないというのに。
何と返事しようか迷っていると、アルベリクが手の甲に演技のキスを落とした。
口が触れたところから、熱が広がっていくような気がする。
(それに、周りの人たちからすごく見られてるわ……)
途端にまたいたたまれない気持ちになってくるが、今日はこのすぐに恥ずかしがる性格を直すことがイネスの一番の目的だ。
勇気を出して顔を上げ、アルベリクにお願いする。
「アルベリク様。侍女の方に教えていただいたのですが、この辺りに人気のカフェがあるらしいのです。そこへ行って、恋人らしいことをしてみませんか……?」
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